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花もつ女 №27 吉本せい (興行師 1889~1950)

吉本せい (興行師 1889~1950)

 テレビ、いま吉本興業傘下の芸能人たちのいわゆるしゃべくりが席巻している。個人的に嫌いだ。ウルサイ。演技ではなく教養の底の浅さが丸見えだ。最近、浅草演芸場に月1~2度、江戸前の落語、そして漫才、いわゆる色物といわれる神楽、奇術、紙きり、はたまた講談ありの約4時間ほどを堪能している。そして、日本の話芸は素晴らしいと思う。寄席は落語が主流であるべきだ。そういう目で吉本の営利を支える漫才は嫌いだが、それが商業行為である以上、ここまで育てた一代の興行師・吉野せいを無視するわけにはいかない。好かないが認めないわけにはいかない。

 大衆芸能の巨大勢力となった吉本の創業者が吉本せい。吉本興業は無借金経営の超優良企業だ。そんな企業の創始者に対して、浮草稼業をイメージさせる「興行師」でもあるまいと思うが、自他ともに認める「えげつないまでの大阪商法」で成り上がった、せいのやり方は人間臭いし前近代的。数多(あまた)ある、せい評伝も「興行師」と書くのは理にかなっている。
 創業者と書いたが厳密いえばせい34歳のとき死別した夫・吉兵衛は生前、大阪市内の劇場をどん欲に買収し、今日の基礎を築いた実業家。当時、従業員たちは、せいを「御寮さん」と呼んでいた。彼女の内情の功を世間はみていた。しかし、控えめだが堅実に夫以上の働きをしていた。苦労人であった。類いまれな商才があったし、骨身を惜しまなかった。
 せいの評伝は、そのまま大衆芸能史を織り成す。
 落語=寄席を基盤にして経営基盤を安定させた後は、時代の風をすばやく嗅ぎ取り漫才に傾斜させる。エンタツ・アチャコはそのドル箱だった。過日、戦前の吉本が資金を出したエンタツ・アチャコ主演映画をフィルム・ライブラリーでみたが、その洗練された手法になかなか感心させられた。
 映画、ラジオと大衆娯楽が変遷していく時代をその都度、先取りし対応していく吉本せい。
 娯楽が徹底的に排斥された戦時下も乗り切り、やがて戦後のテレビ時代に飛躍する土壌を耕した。
 女性に参政権が与えられていない時代に企業家として陣頭指揮したせいを、世間は「女だてらに」とも「女ならでは」も言い立てたが、並みの根性ではひとくせもふたくせもある浪速芸人を巧みに使いこなすことはできなかったはずだ。また、非情さもあわせもっていた。せいにつぶされた芸人もまた大勢いたようだ。   

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