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書評『ナマコを歩く』 赤嶺淳・著

書評『ナマコを歩く』赤嶺淳・著
 
 副題「現場から考える生物多様性と文化多様性」に本書の意図が言い尽くされている。では、ひとつの象徴的な現場エクアドルはガラパゴス諸島に著者とともに訪ねてみよう。
 ガラパゴス周辺の浅い海はフスクスという種類のナマコの宝庫である。このフスクスはメキシコはバハ・カリフォルニア半島から中米地峡づいたに南下してガラパゴス周辺までを生育圏とする熱帯性ナマコだ。
 このフスクスはほぼ全て……いや世界中のナマコのほとんどは中国へ送られる。最大の消費市場だ。原産地で乾燥されたナマコは香港の輸入業者に送られ、中国国内の高級レストランやホテルなどに出荷される。日本でもナマコを食す習慣のもつ地方があるが一般的ではない。江戸時代にはナマコ食材とする料理がそうとう普及したようだが、幕末にはほぼ消えた。理由は外貨獲得のため幕府が中国への輸出産物として統制し国内市場で品薄になって衰退した、とモノの本に記載されている。そんな和綴じ本には多くの和風ナマコ料理が紹介されているのだが、いまは消えてしまった日本の食文化である。
 そう、中国は昔もいまも世界一のナマコ消費国だ。特に解放経済の下、右肩上がりで経済力をつけるのと軌を一にしてナマコの輸入量を増やしていった。世界の浅い海に棲むナマコは中国人の豊かな舌を目指して乱獲されるようになった。その弊害を論じながら、ナマコ漁の現場である海を親しくルポして書かれたのが本書である。
 ガラパゴス諸島ではナマコ漁を巡って「ナマコ戦争」と呼ばれる紛争が惹起された。
 1991年、同島でのナマコ漁がはじまった。当時、どれくらい漁獲高があったのか正確な数字はないが、たとえば乱獲が規制された1994年の調査では、たった2カ月間で1千万尾が漁獲されたというから、規制のなかったときの漁獲高はそうとうなものであったはずだ。
 ナマコは同島で輸出向けに乾燥された。その間、漁民たちは自分たちの飢えを満たすため保護動物のゾウカメを捕獲して食べた。中国経済の肥大化はダーウィンの島まで侵す、という話だ。
 だが著者の視点はそもそもガラパゴスを国際的な観光地として外貨稼ぎのために整備したのはエクアドル政府であり、その資金提供者は大手観光業者たちであり、ゆえに島は荒れた、と断罪する。ツーリズムに迎合して“自然保護”を旗頭に同国政府は零細漁民を追い出すナマコ漁の全面禁止を法制化した。それに対し漁民はゾウガメの殺戮も辞さないと抵抗したのが「ナマコ戦争」。結果、捕獲量を制限してナマコ漁を許可し、資源を持続可能にして漁民の生存権は守られた。
 本書によって中国経済の肥大化が及ぼす世界の食糧事情の変遷を知ると同時に、いわゆる環境保護派の訴える「保護」がときに地元住民の文化と相容れないドグマ的な「正論」である、と告発される。世界の現在を〈食〉から知る労作だ。 
 ▼新泉社刊。2600円。

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