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アグスティン・バリオスを讃え 現代ギター曲への貢献 エル・サルバドル

アグスティン・バリオスを讃え   ~中米エル・サルバドルから
Agustín_Barrios_1910

 現代のギターリストが頻繁に取り上げる名曲に「大聖堂(カテドラル)」がある。最近も韓国生まれ日本育ちの朴葵姫嬢の溌剌とした弾奏を聴いたばかりだ。村治佳織、木村大なども録音している。
 現代のギター曲の古典ともいえる位置を獲得している「大聖堂」の作曲者が南米パラグアイ生まれ、晩年はエル・サルバドルの音楽院でギター教授を勤めなら作曲活動を行ない同国で客死したアグスティン・バリオス(1885~1944)。墓地もこの地にある。
 同国では本名のマンゴレと呼ばれ、同胞のように親しまれ敬愛されているが、それを象徴するようなイベントが11月1日(2014)、首都の国立劇場で開催された。筆者も一度、詩劇の公演で入場したことがあるが、東京でいえば老朽化著しい豊島公会堂あたりの規模か。ただし、歌劇場として建てられた同劇場の佇まいは欧州の地方都市によくある古雅な雰囲気がある。この劇場でバリオス没後70年を記念する式典を兼ねたコンサートが開かれた。10月に同国最大の考古学
施設ダビド・グスマン博物館でバリオス作品の演奏会があって、今回のコンサートはそれにつづくものだ。
 バリオスはパラグアイの先住民族グアラニーの血を引いていた。子どもの頃からスペイン語とグアラニー語を自由に話し、後に英語、フランス語、ドイツ語を読みこなすようになった。13歳で首都アスシオンの国立大学に奨学金を得て入学するなど早熟の才能であった。大学に入学する以前にギター演奏に卓抜した技術をみせ、作曲もしていたという。パラグアイでもっとも若い大学生となったバリオスは、年長の同窓生を尻目に数学、文学の勉強でも秀でた成績を遺した、と半ば伝説めいたエピソードがたくさんあるようだ。
 モーツァルト並みの早熟であり、ギター演奏ではパコ・デ・ルシア並みの才気をみせたということだろう。
 大学を卒業すると国内には収まらず隣国アルゼンチン、ウルグアイでの演奏活動を恒常化し録音もした。そして、1916年にはブラジルに赴き、当時、精力的に作曲活動を行なっていた20世紀を代表する作曲家ヴィラ=ロボスの賞賛を浴びている。
 そのブラジルに15年ほど滞在した後、ラテンアメリカ諸国はいうに及ばすヨーロッパ諸国へも足を延ばした。そして最後に職を得たのが中米地峡の小国の首都サン・サルバドルの音楽院でのギター教授であった。
 生涯、流浪するロマンティックな流浪をつづけた詩人であった。
 バリオスが作曲した作品は300に及ぶというが、それらがほとんど旅先で書かれたということもあって散逸した作品も少なくない。また遺された楽譜も異なる版が出回った。一所不在の作曲家の宿命のようなもので自ら校訂する機会がなかったのだろう。
 バリオス本人が演奏した自作曲集がレコードに残されCD2枚組の「Agustin Barrios The Complete Guitar Recordings 1913-1942」(UPC: 796279109826)として復刻されている。 録音時代の黎明期に活動したバリオスは、アメリカ域にあってが、ラグタイムのスコット・ジョプリンのように好奇心を燃やしていたのだろう。

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