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補填版*防衛駐在官はその前、その間、何をしてきたか?    ~「イスラム国」、日本人人質殺害に思う

防衛駐在官はその前、その間、そして現在、何をしてきたか?
    ~「イスラム国」、日本人人質殺害に思う

 「イスラム国」から湯川遥菜、後藤健二両氏が拘束された動画が放映されて以来、多くの日本人とどうよう、その推移を見守ってきた。そして、最悪の事態を目の当たりにしてひとこと言いたくなった。それは、私自身の中米の内戦国に滞在し取材を行なってきた体験から発するものだ。

 この間、多くのテレビが事件を報道し、いわゆる識者といわれる人たちは、それぞれの立場から「私見」を発していた。そして、最悪の事態をみたいま、そうした「私見」は結局のところ日本のお茶の間に話題を提供するぐらいの価値しかなく、政府も動かさず、つまるところ時間潰し、としか言えないようなものだった。救いがあるとすれば後藤さんのこれまでの活動が繰り返し紹介されたことだろうか。

 「イスラム国」、あるいは今日の中東情勢については私自身、いろいろ書きたいことがあるし、それなりの私見ももっているつもりだ。ただ、今日も明日も、明後日以降もつづくであろう今回の事件報道のなかで、いまだ言及されず、言及される気配もない問題をひとつだけ取り上げておきたい。
 それは、在外大使館に常駐している「防衛駐在官」という存在だ。
 ウィキペディアの解説を借りていうなら、次のような存在となる。
 「在外公館において軍事や安全保障に関する情報収集や交流等を任務とする日本の外交官(外務事務官)。外務大臣及び在外公館長の指揮監督下に置かれるが、防衛省からの派遣人員であり、自衛官の身分を併せ持つ。戦前の日本及び各国の駐在武官に該当する。」
そして、その主な任務は、「派遣先における政府・国防関係者との接触による情報収集や各国武官団との交流による情報交換である」となっている。つまり、今回のような事件が起きた際、もっとも情報をもってしかるべき存在が防衛駐在官なのだ。ところが、そうはなっていない。

 テレビで無数に垂れ流された専門家と称する人たちのなかで、私のみる限り、「防衛駐在官」に言及した人はいなかった。政府からもひとことも言及はなかった。副外務大臣が詰めていたヨルダンの日本大使館には防衛駐在官は不在だが、周辺国、つまり今回の事件で有力な情報を関係各所から入手できる可能性のあるイスラエル、シリア、トルコ、イラン、アフガニスタンにいた。彼らのふだんの活動はなんだったのか? と問いたい。
 現在の防衛駐在官は36大使館、2代表部に任務しており、総計49名となっている。
 この防衛駐在官の他に、自衛隊員の海外研修なのか留学なのか、その立場、その制度についてはよく分からないのが一定数、自衛隊員が在外公館に2年の任期をもって派遣されていることは確かだ。その防衛駐在官ではない自衛隊員にしても、防衛庁から選抜されて赴任している以上、おのずから外務省職員とは違う役割を求められても当然だと思う。
 また、現在の流動的な国際情勢のなかにあって、政府が真摯に海外の邦人保護を謳うなら、より実効的に防衛駐在官の役割を強化すべきだろうし、「イスラム国」との交戦国としてのヨルダンにも派遣されているべきだった。在留邦人が多数あり、事業展開している内戦国には迅速に派遣すべきだろう。

 私は13年間、中米に在住していた。そのうち6年間を中米地峡の小国グァテマラに住んでいた。32年に及び内戦のあった国だ。その内戦の終結、和平交渉の締結をみてメキシコに移住した。そのグァテマラ滞在中に、軍事クーデターが発生した。大統領自身が発動して国会を停止、軍部をつかって権力を集中させるという西語でいうアウトゴルペを断行、戒厳令も出た。しかし、軍部はもとより、民意も大統領になびかずアウトゴルペは失敗、セラーノ大統領といったが、その汚職まみれの大統領はパナマに逃亡、亡命して幕切れとなった。その政変のあいだ日本大使館はまったく情報をもたなかった。内戦国の大使館でありながら、当時もいまも同国には防衛駐在官は存在しない。しかし、自衛隊員はいた。その隊員は派遣された2年の年期をつつがなく全うするだけの日常のようで、その仕事といえば、在留邦人の旅券の延長手続き、旅行者が旅券を盗ま れたりした際の再発行業務などだった。そのアウトゴルペの日々、もっとも具体的な情報を在留邦人に与えてくれたのは、政府軍で一時、空手を教えていた関係で上層部にコネをもっていた在留邦人だった。
 僻村のマヤ系先住民の集落を観光バスで乗り付けた日本人観光客数人が地元住民に惨殺されるという事件があった。この時も大使館員はひとりもその村に入らなかった。私は某雑誌から頼まれて取材に入ったが・・・。

 グァテマラの隣国エル・サルバドルは12年の激しい内戦を展開していた国だが、ここの日本大使館は内戦勃発とどうじに大使は中米のコスタリカ大使に逃げだし、首都のサン・サルバドルには防衛駐在官は在住せず、地元の女性と結婚した在留邦人が雑務をひとりで担当していただけだった。

 メキシコに移住した頃、最南部チアパス州で反政府武装組織サパティスタが武装蜂起した。チアパスの古都サン・クリストバル・デ・ラス・カサスで蜂起したのだが、その町は多くの日本人観光客、とくにバックパッかーが陸路で南に向かう足がかりにする町だ。いったん、武装蜂起してからサパティスタたちはラカンドンの密林深く下がり、その町の安全には問題はなかった。私自身、幾度か入った。メキシコの日本大使館はチアパスの観光自粛を出したままだったが。その時も大使館員はチアパス入りしていない。大使館からはじめてチアパス入りしたのは、南米ペルーで現地採用された職員だった。その彼はフジモリ大統領時代、リマの日本大使館が反政府武装組織に占拠された際、最後まで人質と なっていた人だ。日系人が多く、また在留邦人もさまざまな事業を展開しているペルーはおろか、ブラジル、メキシコにすら防衛駐在官は存在しない。というより、中南米諸国には現在も一人も派遣されていない。それが日本の外交である。

 安部首相は今回の事件を契機に自衛隊の武力行使、海外派遣などの法整備を積極的に進めるのかも知れない。私自身は現在の偏頗な状況より、はっきりしたほうがいいと思っている。しかし、その前に、手をつけるべきは、同じ自衛隊の権能としての「防衛駐在官」の見直しではないか。武装部隊を現実に動かすには、防衛庁独自の情報が必要なわけで、その収集能力が問われるべきだ。戦略のロジスティックはそこからはじまる。

 繰り返すが、この間、テレビに出てくる識者のだれもが防衛駐在官の仕事、存在に言及しなかったのは呆れるとしか言いようがない。

*以上の原稿を書いた直後の2月3日、参議院予算委員会で安部首相は、在外邦人へのテロ防止対策の一環として、「防衛駐在官」の増強する考えをしめし、「防衛駐在官は軍同士の関係でしか入手し得ない種々の情報を入手できる。邦人保護に必要な情報収集体制を強化するために有効だ」と述べた。
 この発言は、NHKでTV中継もされた。おそらくTVはむろんのことマスコミではじめて公にされた「防衛駐在官」に関わる発言だったろう。そして、そこに見えてくるのは、安部首相が「防衛駐在官」について野党からの指摘、批判を受けるにではなく自ら率先して語ったことで、「駐在官」問題のイニシアチブを握ったように思った。失礼ながら野党各議員諸氏を含めマスコミ関係者の国際問題へおける緊張度の 低さがうかがわれるように思う。

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