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秋麗の日、等々力渓谷

等々力渓谷_014

 秋麗……しゅうれい、と読む。日常、めったに使わない言葉だから、その日、澄み渡った秋の一日を、そう記憶にとどめたいと思った。ふと、昨年の秋にこんな日があっただろうかと思い出していたら浜離宮で潮風に心地よくあたっていた一日の行楽を思い出した。夕暮れ、高層ビルのシルエットが美しかった。
 今年、いくつかの秋麗の一日を等々力渓谷に遊んだ。
 世田谷の住宅地に忽然と武蔵野の面影を色濃く遺す小さな「渓谷」は、地勢としてはそうなのだろうが、いわゆる渓谷という言葉から連想されるダイナミズムには著しく欠けている。西部劇に出てくるような荒々しく雄大な渓谷と比べたら、まるで箱庭のような等々力渓谷だ。それでも区内にこれだけの野趣を遺してくれた人たちの努力、日々、汚さぬように注意怠らない近在に住むひとたちの愛郷の心を尊いと思った。
 私の生まれ育ちは埼玉の川口であったから、いわゆる子ども時代の郷愁は荒川の両岸で展開されている。やがて都内に就職して、思い出は拡散してゆくのだが、それも城北に偏っていくのは仕方がないことだった。城南、世田谷の一角に等々力渓谷というところがあることは知っていても訪れる機会がなかった。生活の足場からあまりにも遠いという感覚があったからだ。
 昔、『赤頭巾ちゃん気をつけて』という小説が芥川賞をもらった。一時、和製サリンジャーの登場などという惹句が出たが、むろんサリンジャーの世界とは異質であって、当世風のあたらしい感覚の都会派青春譚というものだったと思う。この流れのなかで村上春樹の登場が準備されるのだ。作者は庄司薫といった。数冊、受賞作と似たり寄ったりの小説をいくつか書いてピアニストの中村紘子さんと結婚して筆を折ってしまった。折ったというより筆が萎縮してしまったのだと思う。中村さんは戦後の楽壇のはなやかさ、コマーシャルな部分を象徴するピアニストであるが、同時に秀逸な文章の書き手でもある。『チャイコフスキー・コンクール』を読んだとき、薫さんが「主夫」に徹しようと、生き方そのものをギャチェンジした理由を理解したと思った。文才も夫君を凌駕していた。
 話が脱線した……その『赤頭巾ちゃん~』に世田谷の高級住宅街に住んでいるらしい少女の台詞として、「わたし生きているあいだに一度、浅草にいってみたかったのよ」というがあった。手元に本がないので正確な引用かどうかわからないが、大意、間違っていないだろう。はるか昔の記憶だが、その一節だけは妙にインプットされてしまった。そうそう忽然と思い出したが、20代の後半に、もっとも難関であった時代の日比谷高校を優秀な成績で卒業し、津田塾に入った才媛としかいいようのない女性となかば同棲に近い生活を送っていたことがあった。彼女が薫氏の同窓生であった。彼女は後年、英国資本の某有名企業のアジア総代理店の経営陣に名を連ねることになるが、いまはどうしているだろう。……またまた話はつづれ坂を駆け下りてしまったので、昇りなおそう。
 で、『赤頭巾ちゃん~』の少女、城南方面に住む子にとって浅草とはそういうところなのか、と妙に関心し、その反証として、俺にとっての「浅草」はたぶん等々力渓谷とか田園調布なんだろうと思った。
 私にとって浅草は近くに親戚がいたということもあって小学生時代は毎夏、そこに長期滞在して、少し年上の従兄弟のガキ大将にお供して繁く訪れていた遊び場だった。
 鬱蒼とした樹林のした、等々力渓谷の川辺を歩いた。深山幽谷、と言いたいところだが、せいぜい浅山明谷といった感じでいかにも近くに住む親子づれが予算をかけずに過ごせる行楽地という感じで、遊歩道は乳母車も転がせるおだやかな渓谷である。ここから、さほど遠からぬところに五島美術館がある。国宝の「源氏物語絵巻(蜂須賀家本)」などが収蔵されている小規模ながら日本の美術史上に名を遺す優品を胎蔵するところだ。この美術館の裏には自然の傾斜地を利用した野趣濃い庭となっている。等々力渓谷につらなる地勢であった。斜面に沿って流浪の果てにおちつき場所をえたという感じの野の仏が散在している。ここもちょうど一年前の秋に訪れたことを思い出した。
 一年なんてまたたく間に過ぎてしまう。
 さて、来年の秋麗の一日をどのように過ごしているだろうか? 苛烈な真夏日があまりにも人を萎縮させた年であったから、秋の良日はなんとなしに慈しみたいと思っていたのだ。

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