スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

花もつ女たち №34 美空ひばり

花もつ女たち №34

美空ひばり (歌手*1937~89)
   戦後昭和の象徴的歌手

 歌や映像が再生可能な時代における日本で最大の芸能人。好き嫌いの感情を超越して屹立する存在だ。それは思想信条、生き方への共感・反発など関係なく、戦後文学の最高の書き手であったのが三島由紀夫であるように、ということだ。
 美空ひばりを筆者はマリア・カラスと並べることにも躊躇しない。
 歌手とはいわずに芸能人と書いた。映画162本に出演、その半数以上が主演級という仕事の量を知るからだ。映画の全盛期、東映時代劇で一人二役、しかも若衆と町娘という異性を見事に演じ分けた才能はプロの演技者のものだ。『たけくらべ』(五所平之助監督)は美空ひばりが歌わなかった唯一の主演映画だが、女優として優れた演技力をみせていた。歌わないということでは、永遠の恋人であった中村錦之助(当時)が制作・主演した映画『祇園祭』(山内鉄也監督)がある。後半生は舞台劇にも精力的に取り組んでいた。
 1945年、敗戦の焼け跡からブギウギのリズムに乗って躍り出た少女歌手は8歳。そして亡くなったのは89年、昭和の最終年、平成元年のことだった。文字通り戦後昭和の復興と繁栄を体現した歌手だった。
 歌を世につれ世は歌につれというが彼女のために用意されたような言葉だ。
 スターは幾多の毀誉褒貶の渦に巻き込まれる。彼女もまた例外ではなかった。しかし、そんなスキャンダル、ゴシップの類いで脆く崩れるような芸でなかった。
 1988年4月11日、東京ドームで「不死鳥コンサート」を開く。病床から通う舞台。39曲を歌い尽くした。救急車を控えてのステージだった。映像が遺る。病いの気配もみせない立派なものだった。
 敗戦直後、絶望の日々を送る大衆に彼女は歌でエネルギーを与えた。平成の閉塞状況のなかで希望の「歌」を見い出させない現在、あらためて彼女の存在の大きさを知る。

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

上野清士

Author:上野清士
店長の最新著書

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
カレンダー
10 | 2017/11 | 12
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -
FC2カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。