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フリーダ・カーロ欧州展、好評のうちに終了

欧州各都市をまわったフリーダ・カーロ展、好評のうちに終了


 フリーダ・カーロ(1907~54)の生誕100周年を記念して2007年、メキシコ市で新発見、新資料を含めた今日、考えられる最高規模の回顧展が開かれた。
 その記念年を前に人気女優サルマ・ハエックが体当たりでフリーダ演じた評伝映画もヒットし、フリーダの劇的な生涯とその作品は世界的に注目された。日本でも生誕祭を前に繰り返しフリーダの絵を前面に押し出したメキシコ絵画展が幾度か開催されていた。私自身、フリーダはもとより同時代を生きたメキシコの魅惑的な女性画家、写真家、舞踊家などをあつめた『フリーダ・カーロ~歌い聴いた音楽』(新泉社)を"生誕100周年”に便乗して一冊、上梓してしまった。
 
 それから7年を経た現在、日本でのフリーダ・ブームは一段落したが、メキシコでの回顧展に及ばないまでも、海を渡るという規模では充実したフリーダ展が欧州主要都市を巡廻したあ。。イスラム圏でははじめとなるインスタンブールでの開催もあった。その欧州展の最後の地となったイタリア・ローマはクィリナーレ宮殿、現在の大統領官邸内の展覧会場で今年3月から開催されていた『フリーダ・カーロ展』が8月末、終幕となった。延30万人が会場に足を運んだ、とメキシコ各紙は誇らしげに書く。

 同展には死の直前に描かれたスケッチが展示された。生誕100周年を前に発見されたものだ。
 フリーダには遺そうという意図はなくゴミ箱に捨てたものを、当時、フリーダの家で働いていたお手伝いさんが取り出し秘匿していたものだ。捨てた"作品”だから日付けが記載されていないので、厳密にはなんともいえないが、「遺作」であるかも知れない。その「遺作」も、フリーダの主要作品がみな自画像であったように、それも痛切なポートレートであった。自画像の両側に、月と太陽が沈んでいく構図であった。それは自分の生命が地平線にいまや沈まんとする自覚から描かれたものだろう。フリーダは最後まで自分を凝視しつづけていたのだろう。
 76点のフリーダ作品、夫ディエゴ・リベラの作品60点、そしてふたりの生活を撮った記録からアート性の高い写真80点という構成だった。作品はメキシコはもとより米国、欧州諸国から集められた。(日本にも名古屋市美術館に、「死の仮面を被った少女」(1938年)が所蔵されていることを記しておこう。生涯点数の少ないフリーダの作品が日本にあることは誇りとしていいだろう。)
カーロとリベラ フリーダの「青い館」の二階の廊下にあたるとこに据えられたフリーダのベット。晩年の写真だろう。夫ディエゴとともに。

 欧州各地の大気にさらされたフリーダの絵はやっと彼女が愛して止まなかった母国メキシコの大気のもとに帰還する。フリーダが生まれ死んだ「青い館」(現美術館)にもまた生前の姿に戻るだろう。 (2014年9月記)

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