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花もつ女たち№35   エバ・ペロン (アルゼンチン 女優・政治家 1919~1952)

花持つ女
  エバ・ペロン (アルゼンチン 女優・政治家 1919~1952)

 エビータ、と書いたほうが通りがいいだろう。
 しかし、マドンナの映画や劇団四季の『エビータ』で有名、と書いたらアルゼンチン人はたいてい怒るだろう。
 “聖女”なのだ。
 多くのアルゼンチン、とくに庶民層の胸奥に慈悲深い聖女として生きている。
 エビータに批判的な政治家もうっかり公言はできない。政治生命に関わるからだ。
 15歳で生地の鄙村から首都ブエノスアイレスに出ると、若さと美貌を武器に、男を最大の手段としてのし上がってゆく。いや金のなかった少女エビータはブエノスアイレスに自宅に帰る男に交通費を出させて出奔したといわれる。
 男の、たぶん下心をたくみに突き、その男の力をかくも有効に活用し功なり遂げた女性も珍しい・・・と書いたらアルゼンチン人のなかには怒る人もいるかも知れない。
 ハリウッドは娼婦だったエビータをマドンナを通して描いた。けれどアルゼンチン人の多くはエビータの前半生を、聖女が歩まねばならなかった屈辱、苦行と理解しているようだ。エビータはそれに神の御加護で耐えたのだ。その苦行は神の御意思だ、と。
 結果がすべてだ。
 貧しい民衆のために慈善事業を組織化し実践、そして、夫ペロン大統領の支持基盤を安定させた。
 1947年には婦人参政権を実現させた功労者であった。
 有権者の大多数が貧困層であった同国にあって、民衆を引きつける扇動者として辣腕も振るった。貧しい子ども時代を過ごした彼女はお金の効用を知りすぎていた。高邁な理想があったわけではない。夫の権力を支えることによって、自己実現の道が切り拓けることを知悉していた。
 しかし、神は“聖女”に長命を与えなかった。
 若くして頂点を極めたエビータに不治の癌を子宮に巣食わせた。最晩年は病いをおしての政治活動であった。それが大衆にひたむきな姿、神々しい印象を与えた。33歳で夭折。 

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