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もう一つの太平洋戦争

もう一つの太平洋戦争
  南米の国境紛争ペルー、チリ
イキケの海戦  太平洋戦争  当時の「イキケ海戦」を描いた歴史画

 ラテンアメリカにおいて、「9・11」は南米チリのアジェンデ政権が、ピノチェット将軍の軍事クーデターによって圧殺された日(1973年)として記憶されている。「太平洋戦争」もまたチリ、ボリビア、ペルーが交戦した戦争として記憶される。
 広大な太平洋は南北半球を越えて多くの国の沿岸を洗う。その広大な海を排他的な経済圏にしようというのがTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)だ。そのTPPの加盟国チリ、交渉参加国ペルーとのあいだで争われていた太平洋海域の領有権問題がオランダのハーグ国際司法裁判所の先ごろ、裁定が出て決着した。

 この領海問題は1952年から係争となっていたものだが、起因はもっと根深く1879年から84年に及んだペルー、ボリビア両国とチリとのあいだで戦われた「太平洋戦争」に遡る。海戦の勝敗が重要な分岐点となったという意味で、その名がある。
 この戦争は火薬をつくるのに欠かせない硝石、そして鉄鉱が埋蔵される広大なアタカマ砂漠の領土権をめぐっておきた。戦争の結果、チリが優勢な海軍力によって勝者となり、それまで沿岸地帯をもっていたボリビアの領土はチリに奪われ内陸国となってしまった。ちなみに南北アメリカ大陸で内陸国はボリビアとパラグアイの2カ国のみだ。
 南米の太平洋戦争は、スペイン植民地時代の行政区分の曖昧さが遠因にあり、独立時も辺境の国境線は正確に測量されなかったことが起因だ。現在も紛争の火種を抱えるところは幾つもある。アフリカや中東諸国などともに15世紀以来の欧米の帝国主義の残滓はまだ根深い問題を残しているのだ。
 
 ペルーとチリが執拗に領海権をめぐって紛争をつづけたのは、そこが沿岸漁業者にとって掛け替えのない豊かな魚場であるからだ。両国はラテンアメリカにあってめずらしく魚料理を発達させた。南極海域から北上するフンボルト寒流が魚を育て運んでくるのだ。また、寒流のおかげで沿岸地帯は温暖で人の生活にふわしい風土を形成した。赤道から船で南下しその沿岸地帯にインカ文明をはじめ幾多の先住民文化が栄えた。沿岸漁業者にとって魚場が広いほど良い。
 ハーグの裁定を報じたペルーのマスコミは、「これまで維持してきた魚の宝庫であった領海は守られた」と勝利宣言をした。チリもまた勝利宣言をしている。ペルーは当初のもくろみより領海は減ったが魚の宝庫海域は維持され、チリは当初より領海を拡大したのだから勝利だということらしい。しかし、チリの漁民は反発し、ペルーに隣接する町アリカの零細漁業者たちは街頭デモで政府批判を展開しているし、ペルー南端地方の沿海漁業者も裁定によって遠くまで出ていかなければならないことになって、現実は痛み分けとなったようだ。
 両国の沿海漁業者たちは、中央のおえらがたは海の実情も知らずに海面だけで判定したという怒りがあるだけだろう。政府間で合意できたとしても両国の漁民は今後も領海侵犯を繰り返すことになるのだろう。 (2014)

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