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スウェーデンで製作されたポーランド人へ問いを与える映画『ワルシャワ・ゲットー』

映画『ワルシャワ・ゲットー』
 2005年 スウェーデン映画 監督:レーナ・アインホルン
映画「ワルシャワ・ゲットー」

 ぺロストロイカ、ソ連の解体、東欧諸国の民主化という20世紀後半の激動は映画に汲めども尽きないドラマを提供したが、どうじに歴史の見直しも映像を通じて真摯(しんし)にはじまった。本作は、そうした時の変転のなかから生まれた「歴史」への問いかけだ。

 全編ほぼポーランド語で語られる。しかし、製作はスウェーデン。監督もスウェーデン人だ。そこに本作の大きな意味がある。
 ポーランド映画、否、同国の良識を象徴するアーティスト、アンジェイ・ワイダ監督はこの映画を観て、どのような感想をもったか知りたいところだ。
 ワイダ監督は第二大戦中、ソ連軍がポーランド将校たちを大量虐殺した史実を語った『カチンの森』を撮った。大戦後、ポーランドがソ連の衛星国として呑み込まれているあいだ、その事件はソ連=ポーランドの公式見解として、ナチドイツ軍による犯行とされてきた。しかし、史実は変えられない。ポーランド人はソ連軍の蛮行であることを知っていた。しかし、公に語ることはできなかった。そのことをポーランド民主化の実現を待って、ワイダ監督は巧みなドラマとして描いた。
 しかし、ポーランド人は大戦中もワルシャワのユダヤ人強制隔離居住区ワルシャワ・ゲットーの存在を知り、アウシュビッツ強制収容所も知っていた。戦後、ポーランドはナチドイツに侵略・占領された国、絶望的なワルシャワ市民のドイツ軍占領軍に対して武装蜂起し悲惨な敗北を喫した"可哀そうな小国”としてみられてきた。ワルシャワ蜂起の悲惨は、ワイダ監督の若き時代、国際的な知名度を獲得した映画として撮っている。
 ポーランドがソ連圏に呑み込まれるなかで彼らポーランド人のユダヤ人に対する迫害の史実がうやむやにされた。ポーランド人自身のユダヤ人迫害の史実は清算されていない。ワイダ監督がまだポーランドの歴史の真実を語り切ろうという姿勢を堅持しているなら、本作などは彼自身が撮るべき素材であったろう。

 大戦後、ワルシャワ・ゲットーを奇跡的に生き延びた実在の女性ニーナがデンマークに留学し、生地のポーランドに戻らずスウェーデンに事実上、亡命したことによって生き延び、やがて本作が生まれた。
 映画はニーナ自身が死去する直前にカメラに向かって証言する言葉がナレーションとなって、ドラマが推移する。
 ニーナは10代後半の青春真っ只中、ユダヤ人であるために遭遇したワルシャワ・ゲットーのなかでの困難な日々が切々と語られる。記録映像を巧みに織り込みながら、死と隣り合わせのゲットーの日々が語られる。これまでゲットーの映像はさまざまな映画のなかで目にしてきたが、かくも多く残っているのかと思わせるぐらい本作に撮りこまれた記録映像は豊かであった。
 この映画のなかでポーランドの中年女性がもらすひとことがある。
「ヒトラーはろくでもないドイツ人だが、ひとつだけ良いところがあった。それはユダヤ人を撲滅しようとしたことだ」と。
 ニーナが戦後、ポーランドに戻らなかったのは、大戦直後、ドイツの占領から自由になったポーランドでユダヤ人に対する組織的な迫害があったからだ。それも映画で語られる。
 ポーランドでニーナの物語が語られないのであれば、スウェーデンのユダヤ人社会がその史実を明らかにしようと思うのは必然であったかも知れない。
 名作の呼び声高いたスピルバーグ監督(彼もユダヤ人だが)の『戦場のピアニスト』にはショパンが名曲がワルシャワ・ゲットーのなかで効果的に使われているが、そのショパンの国でユダヤ人迫害があったのだ。ワイダ監督の製作思想には大国に翻弄されてしまったわが祖国という民族主義が濃密にあるが、ユダヤ人にとってみれば、そのポーランド民族もユダヤ人に対して汚れた手を持っていることになる。

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