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国際シンポジウム「アジアの女性アートを考える」

国際シンポジウム「アジアの女性アートを考える」
  ~アジアをつなぐー境界を生きる女たち 1984-2012展開催記念
   *古い原稿だが、送稿原稿に残っていたのでここに採録することにした。
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                                               ユン・ソクナム(韓国)の「ピンクルーム」。
                 会場のエントランス付近にもうけられたインスタレーション。壁をほど同一大のピンクの切り絵で一面覆い、床はピンクのビーズで敷き詰め・・・遠目には女性らしい華やかな色彩の空間だが、近づくと「悪意」がこめられているのではないかと思うほどの“痛点”にみちたものだ。ピンクの光沢のある布を張った椅子からは鋭利な刺が突き出している。床のビーズも鋭利に尖りいびつで、とても踏み込む気にはならない。椅子の足は尖り、居心地が悪そう、というより実用の具であることを拒否している。壁に張ってある薄い紙の切り絵はまるで女たちの積年の苦悩、悲哀がこめられた壁だ。ピンク、という女〈性〉の象徴的な「色相」を逆手にとって、そこに対峙するときに発せられる「色彩」が批評となっている。小林秀雄は『近代絵画』のなかの印象派論で「色相」と「色彩」の違いを簡略に分かち、そこに印象派の美術史的象徴を見出していたが、「ピンクルーム」はその雄弁なインスタレーションの象徴的な傑作だと思う。作家の有吉佐和子は『最後の植民地』で、現代女性論を展開していたが、冷戦の終結とともに各地で勃発した内戦、国教を超えた宗教対立のなかで「ピンクルーム」は鮮血に満たされるようになった。いまも各地で止血剤がまにあわないほど流されている。(上野)


 15カ国50作家111作、総計204点がすべて今を生きるアジア人女性作家の作品。同時代の触感と匂い、熱まで発している活気的かつ刺激的な企画展だ。福岡、沖縄、栃木、そして三重という地方美術館の熱意で実現した。2月24日には出品作家が参加するシンポジウムが行なわれ、活発な発言が交わされた。

 ▽『アジアをつなぐー境界を生きる女 1984-2012』展を推進した小勝禮子・栃木県立美術館学芸課長談
 
 当館ではこれまで持続的に女性アーティストの仕事に注目し企画展を試みてきました。
 最初は西洋美術史における女性像や女性画家の作品を概観した『揺れる女/揺らぐイメージ フェミニズムの誕生から現代まで』(1997)、日本近現代に活動した女性画家と作品を紹介した2つの企画展『奔(はし)る女たち~女性画家の戦前・戦後』展(2001)、『前衛の女性~1950-1975』展です。その一方でアジア美術の蒐集・紹介などに力を注いできた福岡アジア美術館の仕事、スタッフから示唆され、西域アジアの現代作家に関心を持つようになりました。三重県立美術館にはインドネシア、マレーシアの現代アートに興味をもつスタッフもいて、こうして地方美術館共同主催ということで本企画が実現したわけです。
 本展は5つのカテゴリーに分かれています。
 作家の出身国・地域で別けるのではなく、現在の女性を取り囲むさまざまな同時代的なテーマを設け、国籍に囚われず、個性的・独創的な手法で課題に取り組む作家の仕事を集めました。それは多種多様、多彩で取り付く島のないような印象を与えるかも知れませんが、それでいいと思うし、それぞれが何かを感じ取ってもらいたい。アジア、いや世界の女性が置かれた立場は複雑でひとくくりできるような状況ではないからです。ありのまま感じて欲しいんです。


▽会場から
 東は日本から、西はパキスタンまで、それぞれの国、地域で現在進行形で活動する女性作家たちの仕事は深い息遣いを秘めていて刺激に富む。男の視線で眺めれば、居心地の悪さも感じる気配も濃密にある。
 アジアの伝統的で因習的な女性差別の現状を告発する作品は、この地域の定番的なテーマであろう。そして、これは今後、数十年も女性アーティストによって繋がれて行くものだろう。
 フィリピンや韓国の作品には外貨稼ぎのために国外に出稼ぎにいった体験を持ち、出稼ぎ先で作家になったアーティストたちがいる。出稼ぎ先の文化に影響を受けながら、出自の民族性、その個人史をみつめる視覚は痛々しい。
 貧しいベトナムの農村から台湾に多くの女性が嫁入りした。そんな実態も本展から教えられた。
 しかし、メッセージ性の強い、そうした作品もいわゆる使い古された手法で表現されているのではなく、あくまで美術表現における前衛性を主張している。それが今日的問題と果敢に切り結んでいる。5つのカテゴリーは以下の通りだが、その区分けに企画者の熱意が表象されていると思 う。「女性の身体~繁殖・増殖・魅惑と暴力の場」「女性と社会~女性/男性の役割、女同士の絆」「女性と社会~ディアスポラ、周縁化された人々」「女性と歴史~戦争、暴力、死、記憶」「女性の技法、素材~『美術』の周縁」「女性の生活~ひとりからの出発」。

▽シンポジウムから
 栃木県立美術館の集会室で開催されたシンポジウムにはほぼ満席近い約100人の一般参加者を迎えて開かれた。
 シンポジウムは、シンガポールで女性アーティストとして先駆的な活動を展開してきたアマンダ・ヘンさんが「シンガポールのフェミニスト・アーティストであること、自身の活動について」と題する発言からはじまった。
 「私の生まれ育った家は中華文化、儒教的な伝統が濃厚に生きていた。当然、女の立場は屈従的なものだった。そんな家のなかで女である自分を考えるようになった。それが私が表現活動の基盤です。私が活動をはじめた頃のシンガポールの現実は女であることが、そのまま創作活動をさまたげた。大きな困難をともなうものだった。女を受け入れる美術学校はあったけれど、そこで学ぶ女性の意識は趣味的な領域から出るものでな かった。そんな状況のなかでフェミニズムと関わり作品として具象化していくことは即、政治的にみられるものだった」と発言、女性アーティストの置かれた位置はいまもさして変らないと批判的に現状を報告した。
 ベトナムのヴィデオ・アーティスト、グエン・チン・テンの作品『再録画されたテープの編年史』を紹介した川端道子さんの報告で、ベトナムではいまだベトナム戦争の実態は国家機密扱いとなっていて、その全貌はまだ明らかにされていない」と社会主義国特有の情報管制があるとの発言に会場は一瞬、どよめいた。フランスとの独立戦争、米国軍の侵攻に対する戦いという抵抗の歴史、そして長い困難な戦いを生き抜いたベトナムにあって、戦争の勝利が決して民族主義の高揚といったものにダイレクトに繋がっていない事実が、そこにある。 『~編年史』はかつて戦争に従軍した人へのインタビューや、戦没者の墓など日常的に可視できる素材のみを使って1973年生まれという若い世代が試みたベトナム現代史への能動的な批評行為であった。
 金恵信さんは、韓国から出稼ぎ看護婦としてドイツに渡り、やがて、自らの体験を批評的に表彰化する作品を生み出し、世界的なアーティストになったソン・ヒョンスクの作品を紹介しながら、個人的体験が優れた表現として提出されるとき、現実社会の矛盾を鋭く批評し、世界性をもつことを明らかにした雄弁な報告だった。
 いずれの報告を聞いていても、女性の視線が捉えうる社会矛盾というものがあり、それを批評化する行為そのものが「作品」となっていることを知る。女性の肉体を通過し、ろ過される営為のなかでいっかい分解・溶解され、そして再構築化されされるという作業の道筋もあきらかにされたような気がした。大変、刺激的で示唆に富むシンポジウムだった。 (2013年3月記)

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