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花もつ女 №46  タルシラ・ド・アマラル (画家*ブラジル 1886~1973)

花もつ女 №46
 タルシラ・ド・アマラル (画家*ブラジル 1886~1973)

 20世紀前半、ブラジルの広大で豊饒なる大地にふさわしい表現を求めて民族主義的なマニフェストが高らかなに木霊(こだま)した。それまで旧宗主国ポルトガル経由で流入していたイベリア半島の西欧的様式の亜流として充足していたブラジル文化を地母神の力を借りて「独立」させようと気運が盛り上がり、ひとつの運動の渦となる。
 テーゼは、『パウ=ブラジル宣言』(1924)や『人喰い宣言』(1928)というすこぶる能動的な「宣言」のなかに要約された。そうした運動に渦中にタルシラ・ド・アマラルがいた。
 
 ド・アマラルは、もともとアカデミズムが強いうるテクニックをきっちり修練し学び、やがてキュビズムやフォービズムの先例を受け、これによって祖国の深層を抉(えぐ)れると自覚的に手練の手法としていった才能である。
ド・アマラル

 大地にどっしりと腰をすえた量感あふれる『黒人女性』のような女性像を繰り返し描いた。そのいずれもが地母神そのものといった豊満さを象徴する。思考より肉体である、と宣明するような生命賛歌であった。母性を象徴する乳房は極端にデフォルメされ、豊穣なブラジルの富を表象する。
 そうした「母なる大地」を女性像に仮託して描きつづけたのはド・アマラル20代から30代の時期だった。早熟な開花であったが、運動の熱狂が過ぎるにつれ精彩を欠くことになった。
 「新思潮」も後進によって否応なく過去のものとされていく、あるいは乗り越えられてゆく。一時代前の「新思潮」のなかで獲得されたフォルムに執着してアイデンティティを見出した者が類型化を重ねてゆくとき停滞が起きる。ピカソのようにたえず変化し、自己増殖を重ねない限りよどみが起きる。ド・アマラルの後半生の仕事に多くの言葉を費やそうとしないブラジル美術界そのものは健康である。
 しかし、『黒人女性』をはじめとするド・アマラルの初期作品群の熱気あふれる絵は、ブラジル現代美術史の劈頭(へきとう)においていつも言及される。その栄誉だけは不滅のようだ。

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