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マプチェ族のヒップホップ 南米チリ

マプチェ族のヒップホップ 南米チリ

 南米チリの音楽といえばいまだに日本ではビオレッタ・パラ、ビクトル・ハラといったヌエバ・カンシオン系の歌しか認知されていないように思う。二人とも偉大な才能であり現在でも尊重されていることに間違いないが、チリでも音楽は生々流転している。ビクトル・ハラを惨殺した軍によるピノチェット独裁時代にもポップス界は賑わっていた。メキシコのオルタナティブ・ロックの雄カフェ・タクーバの音づくりに貢献したのはチリのロック・グループであった。
マプチェ族の旗
マプチェ族を統合する“民族旗”

 そんなチリから同国最大の先住民マプチェ族出身のヒップホップのグループの活躍の報が届いた。コレクチーボ・ウェ・ネウェン、マプチェのマプドゥング語で、「新しい力の集団」という名だ。活動拠点は南部アラウカニア州。チリにおいて大半のマプチェが住む“先住の地”だ。約60万がチリ、約30万がアルゼンチン南部に住んでいる。
 コレクチーボ・ウェ・ネウェンのリーダー、ダンコ・マリアンは、「音楽を通じて民族のアイデンティティ を確立したい」と語り、ヒップホップのリズムで、チリ政府によるマプチェ族に対する弾圧的な政策に抗議していく、ということだ。
 マプチェに対する抑圧的な政策はチリの独立前も後も続いている。今年1月3日にもマティアス・カトリレオという学生がアラウカニアの住宅街で警察官に射殺された。彼は、同国の資本家たちが環境を無視して、マプチェの地を乱開発を行なっていることに対し、実力で止めようと活動していた。

 マプチェ族といえば、ラテンアメリカ史に少しでも関心を持つ者なら、コロンブスの時代から19世紀の後期まで、他民族の侵略に抵抗しつづけた勇猛果敢な誇り高き民族として知られる。チリがスペインの植民地となる以前も、アンデス高地から領土を拡張するインカ帝国軍の侵入に対して戦っていた。

 現在、チリは中道右派のバチェレ大統領下にあるが、世界有数の資産家として知られ、市場経済主義者だ。
 二〇一〇年に大統領に就任すると、マプチェに先住特権のある森林地帯を広範囲に埋没させる水力発電所建設を提言したが、先住民だけでなく環境保護派の猛反対を受けた。急進的なマプチェ活動家は乱開発を阻止しようと、企業経営の林地や倉庫などに放火するなどして抵抗した。これに対し、政府は軍政時代の“負の遺産”ともいえる「反テロリスト法」を拡大解釈し、活動家を容赦なく逮捕し、刑務所に収監した。いま、マプチェ族が発信する活動詳報をみると、軍や警察との抗争、集団行動を写した多くの写真をみることになる。社会批評を果敢に発することができる“言葉”の音楽としてヒップホップが現代マプチェ族の若者のあいだから生まれるのは時代の要請というものだろう。おそらく、マティアス・カトリレオの事件などは歌詞の素材となっているだろう。
マプチェ族
マプチェの伝統音楽の演奏は、民族を結束させる重要な要素

 殺されたそのカトリレオさんは獄中の同胞と連帯していた。彼の遺体は警察に引き渡せば証拠隠滅される恐れがあるとして、活動家が隠している。現在、事件解明のためにアムネスティ・インターナショナルを含む非政府組織が連帯することが確認されており、そのメンバーにはピノチェット元大統領を人権犯罪の容疑で訴追した元裁判官も参加している。  (2012・1)

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