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クストリッツァの才能 映画『フェアウェル  さらば、哀しみのスパイ』

映画『フェアウェル  さらば、哀しみのスパイ』
 クリスチャン・カリオン監督 (2009年・フランス)
フェアウェル 映画

 先日、南米ウルグアイの“世界でも最も貧しい大統領”ホセ・ムヒカに人と思想を紹介した際、彼の評伝映画(?)をボスニア=ヘルチェゴビナのエミール・クストリッツァ監督が撮るらしいという話題を書き加えた。その時、同監督が俳優として主演したフランス映画『フェアウェル』について書きたいと思った。監督の思想性を理解する一作だと思ったからだ。

 『フェアウェル』は1980年代初頭、ゴルバチョフ書記長がペレストロイカを具体的に推進するきっかけともなったといわれるスパイ事件に取材した映画だ。「フェアウェル」とは、そのスパイの匿名だが、通常概念の「スパイ」とは違う。金銭的報酬も名誉も求めず、自己の信念に基づく愛国主義を貫くためにソ連の第1級ともいえる機密を西側に流したスパイだ。しかも、モスクワのKGB本部に勤務する大佐である。その階級から想像できるのは、それなりに国家に貢献し実績をあげてきたと容易に想像がつく履歴だ。こうした存在はもっとも容疑者として捉えにくい。
 当時、ソ連は米国をはじめ西側諸国で頭脳ハンティグした高級官僚、科学者などを情報提供者にして巨大なスパイ網を構築していた。これは歴史的事実だ。モスクワKGBの大佐は、そのスパイ網の情報を確信的に西側に漏洩し、クレムリンの政策さえ変更させたといわれる事件だ。この大佐役に、クストリッツァが扮した。
 大佐は、モスクワ在住の外国人からフランスのビジネスマンに目をつける。大佐の個人的な調査の末に選ばれた人材だった。妻をともなって外国人居住区で暮らすビジネスマンの上司がフランスの諜報機関と直結していたことも大佐は調査済みだ。

 大佐は、上級諜報員としてソ連経済が西側諸国に徹底的に差をつけられている愛する祖国の現状に義憤を感じていた。軍事力だけ突出し、その軍事予算が膨大に膨らみ、国民は潤いに欠けた生活を強いられていた。その辺りの事情は筆者自身、ソ連末期に2度の旅をしているのでよく知るところだ。現在のロシアだけでなくウクライナ、グルジア、モルダビア等、連邦構成国にも行った。
 大佐は人類で最初の宇宙飛行を実現して以降、狂いだした国のシステムを換えるには個人の力の及ぶところではない。しかし、いま新思考を持つ新しい指導者ゴルバチョフを迎え、彼の時代なら変革しうる予感が確信へと変わっていく。抜本的に国を立て直すには軍事国家を一度、ご破算にしなければという確信だ。
 しかし、この個人的な事業は自ら生命を危険に晒すことになるだろし、彼の周辺にまでに波及するだろう。それをしってもためらわなかった。不退転の決意で根気強く、実行していく。最初は情報を小出しにして、フランスの諜報機関の関心を引き、やがて米国CIAも感知することになる。

 そこには007のアクションもなければ美女とのアバンチュールない。何の変哲もない日常光景のなかで歴史の変革に向けた個人的な作為が進行するのだ。この狂言回し役をクストリッツは巨体をすぼめるようにして演じる。
 フランスのビジネスマンは、「見返りになにを求めているだ」と訝(いぶか)る。当然だろう。しかし、大佐はなかなか真意を明かさない。これもまた当然だ。その変わり、「息子にウォークマンとクィーンのカセットテープが欲しい」とつぶやくぐらいだ。

 カリオン監督に、『戦場のマリア』というフランス国内ではヒットした作品がある。『リリー・マルレーン』と似た戦場秘話だが、筆者には甘い映画で、積極的な評価はできなかった。しかし、『フェアウェル』には深い陰影をこめたスパイ心理劇といえるような重さがあった。それはシナリオなら動きの指示しかないような場面をクストリッツはこう動こうという本業の演出業から俳優の自分に異化する力がそこで効果を与えている。カリオン監督に、クストリッツの解釈を変更させる傲慢はなかったと思う。

 監督が本業でありながら俳優としても説得力のある存在感を示す才能にクリント・イーストウッド、ロシアのニキータ・ミハルコフ、日本では藤田敏也、北野武という名を上げることができるだろう。しかし、多言語をこなすという意味ではクストリッツの右に出るものはいないだろう。そこに歴史的に多民族が吹き溜まり、混在して都市を形成したサラエボに生まれ育ち、やがて国境をこえる活動を余儀なくされる個人史が反映されているだろう。クストリッツ監督とおなじサラエボ生まれの元サッカー日本代表チームのオシム監督の個人史に重なる。体型もまた酷似しているのが面白い。ともに、彼らはボスニア内戦期を無傷ですごすことができたが、サラエボに残った家族は生命の危機を味わっている。そういう個人史がクストッツァをして、組織を裏切り、売国奴との汚名も着るかも知れない危険をもくもくと遂行するKGB大佐の内面葛藤をよく創出する演技となったのだろう。オシム監督ではアノ独特のユーモア、シニカルで味わい深い言語録に象徴されていったのだろう。

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