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花持つ女たち №51 ヒュパティア (エジプト 天文学・数学・哲学者  ?~415)

花持つ女
 ヒュパティア (エジプト 天文学・数学・哲学者  ?~415)
ラファエロ

  「真実として迷信を教えることは、とても恐ろしいことだ」
 ……古代エジプトの学問都市アレクサンドリアが輩出した科学の真の僕(しもべ)ヒュパティアの言葉。
 高名な数学者であり哲学者であった父テオンの子として生をうける。才能を見い出した父はさぞ今日でいうところの英才教育を施したことだろう。
 学問が今日のように細分化せず好奇心の誘(いざな)うまま境界を飛翔することが可能な科学の牧歌的時代の知性の人として記録される。彼女は真実を求めてカテゴリーを軽やかに遊弋し多くの著述を成したとされるが、その大半が消えた。
 
 当時、勃興してきたキリスト教徒たちが自ら信じるドグマによって、ヒュウパティアの知性は「神」を誹謗( ひぼう)する魔女とされ虐殺された。その書は当然、焚書にされただろう。当時、世界最大といわれたアレクサンドリア図書館の70万巻も毀損され失われ
たとされる。

 ヒュパティアによって地球は太陽のまわりを真円ではなく、楕円形を描いて周回していると推測した、という。当時の最前衛の天文学が導いた地動説も、キリスト教はそれを葬り、天動説へ逆行させた。
 ヒュパティアは地中海世界の変貌期に生き、思索し、悲劇的な最後を遂げた。ゆえに伝説となって今日にその名は伝わった。たぐいまれな美女であったともいう。
 
 ルネサンスの画家ラファエロはバチカンの回廊に、その肖像を描いた。 冒頭の絵がそれだ。 バチカン政庁のギャラリー、通称「ラファエロの間」の壁に描かれた大作「アテナイの学堂」のなかに唯一の女性学者として描かれたものだ。キリスト教徒によって「異端」として虐殺されたヒュパティアをラファエロは大胆にもバチカンで“聖性”した。それは大胆な試みであったはずだ。そして、当時の法王庁もそれを許容した。ルネサンスの学問の拡張という時代の趨勢がそれを可能にしたのだろうし、ラファエロの「学堂」にソクラテス、プラトン、ピタゴラスなどそうそうたる知の巨匠と肩を並べて招かれるほど、ヒュパティアの事蹟は当時、よくしられていたということだ。

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