スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

花もつ女 №52 梶原緋佐子 (画家 1896~1988)

 九十一年の長寿を全(まっと)うした緋佐子の世界を眺望するれば、京の女人風俗、市井の女を描きつづけ、熱心な愛好者に恵まれた生涯となるだろうか。

 筆者にとって緋佐子画として立ち上ってくるのは、大正時代に20代の若い筆が描いた社会の底辺に働く、貧しい女たちの生き様を切り取った作品。
 美術批評の視線でその時代を鳥瞰すれば、京都画壇の若い画家たちの一部に官能的で退廃的な作風がみられた時代となるだろう。淪落(りんらく)の女たちを描く若い女性画家も出た。当時の大正デモクラシーの高揚、社会的現象を知れば、若き鋭敏な感性が庶民の実相を描写しようと働くのは“時代の子”としての必然でもあったからも知れないし、若者たちの精気は社会矛盾から目を逸らすことができなかったということだろう。
 古着市
 「古着市」は緋佐子24歳の筆が描きとめた初期の代表作である。
 そこには官能も退廃もない。緋佐子の世界には終生、その甘美な毒の要素は入りこむことはなかった。
 「古着市」の女に描き込められているのは、生きてゆくことの困難さに押しつぶされそうになっている女の気配だ。「古着市」の2年前に「暮れゆく停留所」という作品に通じるものだ。それは停留所のベンチで1日の疲れを人知れず慰安しようとしている女を描いている。22歳の女性が描いたとは思えない生活臭の濁りが留められていると思う。
 そうした美しくもない女、絵としても綺麗とはいいがたい一群の作品を発表した後、緋佐子は時代の風俗のなかに独自の美人画を描きつづけることになる。
 昭和の時代に入ってチマ・チョゴリ姿の朝鮮美人像を描いた「機織」(1933)がある。植民地に残る伝統の美しさを愛(め)で清涼な世界を造形した。
 そうした匂いたつような美人画を眺めつつ、筆者はいつもブーメランのように大正の一時期に描いた下下の女たちの哀歓に引き戻されてしまうのだ。

 昭和に入るとプロレタリア文学の隆盛に牽引されて美術の世界でもさまざまな動くが出てくる。おもに洋画の世界で、一群のプロレタリア美術運動のなかから労働者に寄り添い、貧しい民衆の目線から見た(と作家たちがいう)世相画の類いが生まれるが、今日、そうした絵が美術館の壁に並ぶことはまずない。プロレタリア絵画など今日、まったく顧みられることがないからだ。アノ時代、何千、何万だかしらないが描かれたプロレタリア絵画と称する作品のなかで、緋佐子の「古着市」「暮れゆく停留所」ほどの観照を強いた作品はあっただろうか? 在りえない、としか答えが見つからない。

 

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

上野清士

Author:上野清士
店長の最新著書

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
カレンダー
09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
FC2カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。