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花持つ女たち №53  マリア・イスキエルド(画家*メキシコ 1902~1955)

花持つ女たち №53
 マリア・イスキエルド(画家*メキシコ 1902~1955)
maria.jpg

 ラテンアメリカの風土は人の営みをまるごと呑み込んでしまう。
 青春の訪れは早く、たちまち去ってゆく。
 少女たちは概して早婚、母なることを急ぐ。乳房は男の愛撫(あいぶ)に応えていた柔らかな肉は、幼子へ献身する母乳の泉となる。けれど、したたかな女たちは子への献身と、異性と自らの欲望に忠実な器官としていかす。そうやって彼女たちは急ぐようにして青春を磨り減らして老いてゆく。
 
 マリアの生涯をみてゆくとラテン女の典型像が結ぶ。ただし、彼女には芸術的霊感を受け止め、それに導かれた生を送ることができた。しかし、その生活もけっして経済的余裕を生みだしたわけではない。霊感はコーマシャリズムとは無縁な孤高の高みを歩いたからだ。その作品を通してマリア53年の苦難の軌跡な浮き彫りされる。
 メキシコの風土性、そのなかで生を享けた女たちの吐息に耳を傾ける。自分の体内に渦巻く吐息を客観視するためにマリアは絵筆で腑分けするのだ。
 マリアの心象光景に駆りだされるのは日常雑器、メキシコの大地が育む農作物、平凡なガラクタ、あるいは調度品。写実的に描かれながらも、ささやかに歪みを加えながら描かれている。いっけん理解しやすいようでいて難物の極み。
 一度、視線を絵に落とせば、なかなか解放させてくれない粘着性もある。論理的思考の強制ではないか。感覚的なもので、そこでは経験値による知識は軽侮なものとなる。そんな感じ(といっても未見の人にはいささか判断できないものであることは重々承知で書く)の絵ばかり描いて、生活はいつも困窮していた。
 
 当座の金を工面するために大きな絵を適当な大きさに切って額装し、売りやすい価格を設定するという画家にしてみれば自裁ともいえることも自らに強いたのだった。


 マリアが本格的に絵の勉強をはじめたとき、すでに三人の子をもつ母親であった。
 その時代の教師であったディゴ・リベラ(フリーダ・カーロの夫)は、「彼女はすでに完成した画家だった」と評している。
 学びはじめてすぐマリアの作品はギャラリーに展示され、遠くニューヨークのギャラリーで“有望な女性新人画家”と紹介されるべく一群の作品が送られた。
 しかし、専門家の批評の高さは経済的な労苦を解消するには至らなかった。終生、財布のなかは満たされなかった。
 
 最期の7年間は、利き腕が麻痺するという半身不随のなかで、生活の糧を得るために描きつづけなければならなかったマリアであった。
(マリア・イスキエルドはじめメキシコ、ラテンアメリカの女性画家に関しては、拙著『フリーダ・カーロ ~歌い聴いた音楽』(新泉社)の第2部にそれぞれ章立てて掲載しているので、ご興味のある方は参照されたい)

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