スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

花もつ女たち №55 ワリス・ディリー〈モデル、人権活動家*ソマリア 1965(?)~〉

花もつ女たち
 ワリス・ディリー〈モデル、人権活動家*ソマリア 1965(?)~〉
ワリス・ディリー

 すでに一個人が体験し耐えるうえるかどうか、と危ぶまれる苦難を幾度も乗り越えた女性だ。
 ワリスの名が知られるようになったのは1980年代後期、ファッション・モデルとして活動しはじめてからで、黒人モデルの先駆者としてナオミ・キャンベルらとともに並び称せられる。
 ワリスはモデルという仕事がどんなものであるか無知のまま、その世界に入った。その無垢さがすぐれたファッション写真家によって見出されたのだ。
 『ヴォーグ』『エル』などの表紙を飾った黒人モデルの先駆者であり、世界各地のファッション・ショーになくなってはならない存在になる。そのトップ・モデルまでのぼりつめたサクセスストーリーだけでも叛乱万丈の絵巻ものになる。それも、約20年間の半生というにはあまりにも短い歳月の物語としてひも解かれるストーリーだが、国際的な知名度をもつようになってからの人権活動家としての活動もまた特筆される。

 現在、彼女の肩書きのひとつが「国連特別大使」。
 FGM(女性性器切除)廃絶を目指す運動の先導者だ。現在もアフリカ28カ国で行なわれ、日に6千人の幼い少女たちが耐え難い苦悩を強いられいる。過去13億人の女性が犠牲となってきたといわれる。
 このFGMを非イスラム圏の心ない人たちは、イスラム教への偏見と結びつけて語る傾向がある。そう、イスラムの教えに帰依するアフリカ諸民族の悪しき慣習だが、もちろんコーランはFGMを強いてはいないし、そんな記述はない。特定の地域に慣習として残ってるのは貧困問題だ。社会の貧困が弱き女性に強いているのだ。少女たちは教育の機会から貧困と因習のため遠ざけられ、経済力のある男性に従属を強いられる伝統的な社会のなかで、いつしか“伝統”となってしまった慣習なのだ。
 
 ワリス自身、その犠牲者であり5歳のときに受けたFGMによって現在も後遺症に晒されている。
 ワリスは自伝のなかに書いている。
 「わたしはセックスの喜びを知らない。(愛する人と)と体を寄り添わせるのが楽しいだけだ」と。
 FMGは各国、各民族、各共同体によって慣習が違うようだ。なかでもワリスが強いられたソマリア遊牧民のそれは切除だけでなく、切り取った後、排尿のための小さな穴を残し縫合し、結婚してはじめて抜糸されるというもっとも残酷なものだ。
 華やかなショービジネスの世界に身を置きながら、抜糸することを「民族的矜持」からできなかった自らの心の壁とも闘う日々だった。   

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

上野清士

Author:上野清士
店長の最新著書

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
カレンダー
04 | 2017/05 | 06
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -
FC2カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。