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旅立ったアノ人、コノ人  其の一  淀川長治さん

旅立ったアノ人、コノ人  其の一  淀川長治さん

 仕事柄、さまざまな職業の方とお付き合いをし、また貴重な一期一会の機会をもった。そして、ふと後ろを振り返ると、なんと多くの人が鬼籍に入られたかと思う。自分もいつバナナの皮にすべりもんどりうって後頭部をしたたかに打ちすえ昇天するかも知れないし、ある朝、目が覚めたら17歳の少年に舞い戻ってしまい、本人は〈青春〉を謳歌しているつもりでも、まわりはとうとうボケたかと暗然としているやも知れぬ。記憶の確かなうちに私だけが知る故人の一面を語っておきたいと思う。

  淀川長治さん
 最初に映画評論家の淀川長治さんを選んだのは、それなりの理由がある。
 私が生意気盛りの中学生時代、確か3年の春だったと思うが、なんと淀川さんに長文の手紙を書いたのである。無知とはすばらしい。常識をはるか彼方にキックオフして、なんと〈仕事の相談〉をしたのである。ファンレター、というようなものではなかった。僕は映画が大好きで近い将来、映画に関係した仕事に就きたいのである。したがって映画界で活躍されている貴方はそうした相談をするにはもっともふさわしい先輩とお見受けするので、こうして一筆したためたものである……と書いたどうかは定かではないが、ともかくそんな内容の文面をせいいっぱい、キリンの首のように延ばして書き、雑誌『映画の友』であったか、「淀川長治編集長殿」宛に送りつけてしまったのである。果敢さと無知の見事な同居……しかし、向う見ずな中学生もさすがに返事がすんなり来るとは思っていない。
 ……ところがさほど日をおかず葉書が届いたのだ、淀川さんから……。
 あの「怖いですねえ、恐ろしいですね。ハラハラドキドキしましたか」と品のよい笑顔が行間からこぼれるようなやさしい文章で、「あなたはまだまだお若くお勉強をする時間が与えられた幸せな時を過ごしているのですから、あわてて将来の進路をいま決めることはありません。これからの時間と、あなたの努力がやがて仕事を自然と選ばせるでしょう。そのとき、まだ映画の仕事をしたいと思えば相談にいらっしゃい」といった内容だった。
 当たり前の内容が中学生でも読みやすい書体で書かれてあった。淀川さんには返事を書く義務はいささかもない。でも書いてくれた。インターネットの時代でなくてよかった。葉書はいまも大事にとってある。
 後年、映画批評や、監督や俳優さんへのインタビューの仕事に少しウエイトをおくようになってから淀川さんと触れ合う機会を幾度ももった。エレベーターに二人きりになったこともある。私は下を向いた。なんだかとても恥ずかしかった。むろん、淀川さんは、かつて無遠慮極まりない手紙を送り付けた中学生のことなど忘却の彼方だろう。しかし、一度、確かめたいと思っていた。「へんな中学生の手紙のことを覚えていませんか?」。それを言い出す機会はいくらでもあったのだが、とうとう訊けずに終わってしまった。
 淀川さんの元気な姿を近くでみたのは、ある若い監督の映画の完成を祝う席だった。淀川さんは、その監督を「先生」とよんで作品を褒めあげていた。淀川さんは、創作する側のひとたちをいつも尊重していた。撮影監督、美術、音声……淀川さんは映画を掛け替えのない総合芸術を位置づけていた。けっして偉ぶるところのない人だった。心の底からやさしい人だった。そのやさしさは辛口の映画批評を本業とはさせなかった。映画愛好家、紹介者として徹することに潔しとした。淀川さんの文章におけるお仕事はさほど多くない。しかし、『自伝』はみごとな「文学」でもあり、近代史の傍証になる貴重なお仕事だった。
……こうして、淀川さんの思い出をいま吐いてみて、なんとなく肩の荷がおりたような感じがする。いま、あちらの世界でにこやかにしている淀川さんに向かってはじめて手が振れると思った。
「淀川さん、ありがとう。それでは次週(とはいきませんが、そちらでお会いできるまで)、サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ」……。     (2010年11月記)
 
 

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