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花もつ女たち №58 現代華道界の才媛たち

 今次大戦後、焦土の中で復活した芸術活動のなかで、もっとも劇的な変化を遂げたのは、おそらく華道界であると思う。それは500年の伝統を打ち破る激しく、そしてしなやかに強い“革命”といえるものだった。
 500年の伝統ということでは能楽界の変化も著しいものがあったが、それは津村紀三子の章で書いた。しかし、津村の活動はすでに大戦前からあったということでは、大戦後の変化ということでは華道界は特別なものがあった。敗戦、という衝撃はそれだけ激しく日本の文化を基層から揺さぶるものがあったのだ。津村の活動も敗戦後の価値観の変化という世相のなかでひろく公認されていったのだ。
 
 現代華道の主要な構成要素は、勅使河原蒼風が創流した草月流に象徴されるだろう。いわゆる前衛華道。そこに勅使河原霞(1932~80)という若い女性の才能と献身があったら、激務が彼女の生を縮めたようだ。
 草月流の対極にあったのが京都を主座に500年の伝統を培ってきた池坊。しかし、敗戦後はその池坊すら組織機構そのものに変革が求められた。この時、四十五世専永の夫人として時代の波濤を乗り切るのに大きな役割を担ったのが池坊保子(1942~)。創作家としては凡庸だが人事に長け、やがて国会議員として活動、文部科学副大臣など歴任している。池坊はたえず権力の近くに存在するということで、それを象徴するような女史の存在である。戦時中、他の華道流派が合同で戦闘機を数機献納するのを尻目に池坊だけで、それを超える献納を実現するほどの勢力をもっていたし、また現在もその力は継続しているといってよいだろう。この保子女史の長女・由紀は次期(四十六世)家元の継承者となる予定だ。
 安達流家元・潮花を父にもった安達瞳子(1936~2006)が果たした役割もまた大きい。父から二十四時間生活をともにして学んだ日々の逸話はひろくしられている。父から学びつくすと31歳で、はなれ花芸安達流を創流。現代の生活空間にふさわしい活け花の理想を求めて励んだ。
 安達瞳子

 池坊から出て前衛を超えた華の宇宙観を創造しようと極北の美にいたった中川幸夫の存在の影にも、女性華道家の存在があった。半田唄子(1907~84)である。九州でながい伝統を誇ってきた千家古儀の家元であった。その座を廃絶して中川のは華道に付き添って実現したひとだ。中川の才能を畏敬した唄子は妻となって支え、自らも創作に携わった。
 それこそ“花もつ女たち”の競演は敗戦後の華となった。

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