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花なもつ女たち №60 グランマ・モーゼス  (素朴画家*米国 1880~1961)

グランマ・モーゼス
 (素朴画家*米国 1880~1961)

モーゼス


 グランマ・モーゼス、モーゼスお婆ちゃん……もちろん愛称。日本風にいえば雅号ということだろうが、でもニュアンスはだいぶ違う。日本画家の雅号は師匠が与えるものか、自らの絵心を託すように命名するものだが、モーゼスお婆ちゃんは、孫たちの呼びかけにこたえたものだ。

 本名をアンナ・マリー・ロバートソンという。27歳のとき、農夫と結婚し生涯、農婦として充足した生涯を送った人だ。だから、彼女の視界にはいつも広々とした農場があった。半世紀におよぶ歳月、農場の四季の移りかわりを掌のなかでみてきたひとだ。
 アンナ・マリーが農場の主婦の座を嫁だろうか娘にだろうかゆずってから、余暇に絵筆を執ったのだ。まったくの独学、いわゆる素朴画家として自らの楽しみのために描きはじめた。描かれるのは農場をめぐる自然とひとびと。写生などしなくても知り尽くした農の光景を思うまま、興にのせて描いたものだろうが、祭や人びとの生活をみつめた絵はそのまま米国農業の博物誌ともなっていた。
 おおらかで気持ちよい絵だが、筆の運びはいつも丁重で、抑制も効いている。評伝など読むと、家族のセーターなどを編んでいるとき、あまった毛糸をつかって刺繍画を制作していたという。主婦としての手仕事をしているうちに、省略と構成力を身につけていたのだろう。その刺繍画は仕上げるそばから孫や友人にプレゼントしていたという。それは評判のよい個性的な作品であったろう。
  
 米国に限らず、アメリカ大陸は開拓につぐ開拓の歴史だといってよい。開拓地ではたらく人たちはなんでも自ら手づくりをする必要に迫られた。商店などはるか彼方にしかないような地で生活する人たちにとって、身につけるすべてが手作りだったりする。そこから独自のフォークアートが生まれた。モーゼスお婆ちゃんの刺繍も絵もその延長にでてきたものだ。
 通信販売網の充実は19世紀の最後期になって米国のシアーズ・ローバック社が創業されてやっと発達の足がかりとなったものだ。モーゼスお婆ちゃんが生まれて6年後の創業だから、お婆ちゃんの子ども時代は、生きるための知恵として家族のなかでさまざまなことが伝承されたのだろう。
 
 親密な田園風景。木々の一本一本の表情まで知りつくしたもの。その木のなかには苗木から育てたものがあったかも知れない。その木の生長をみてきた農婦は、木の表情をおろそかには描けないだろう。
 そんなモーゼスお婆ちゃんの絵が美術商の目にとまったのは80歳のときで、お婆ちゃん別に名声などいささかも望んだわけでもないが、たちまち全米で知られることになる。
 健康でつまやかに平穏に生きてきた充足感があふれた絵。なにより、モーゼスお婆ちゃんの絵には清涼な透明感があると思う。それは神への感謝といったものが他意なく、彼女の心象として映し出されているからだと思う。

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