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文庫化されない本のために 009~010『法王暗殺』『知られざるバチカン』

文庫化されない本のために 009~010

▽009
 『法王暗殺』ディヴィッド・ヤロップ著(徳永孝夫・訳)

 本書は購入してから数年、積読のまま他の書籍に圧殺されたままだった。一読、これはカトリック教会にとって大変な問題を含んだ問題作だと思った。ちなみに、法王庁は黙殺を決め込んだ。バチカンの保守派にとっては禍々しい本との烙印を捺しただろうし、改革派はこれをテキストに採用しただろう。ともかくバチカン物では、領域を超えていうのだが『ダヴィンチ・コード』より濃く面白かった。事実はやはり比重が違う。

 1978年、ヴェネツィア総大司教であったアルビーノ・ルチャーノが、パウロ6世の死去を受けて行なわれたコンクラーヴェ(教皇選出会)において第263代目の使命を受けた。そして、自らヨハネ・パウロ1世という複合名を初めて名乗ってカトリック教会の最大の権威となった。。
 カトリック教会を抜本的に改革しようとする人たちは新法王の誕生を等しく祝った。反面、保守派は新法王を尊重しつつ(しなければ仕方がない)改革路線は鄭重に無視、または拒否するという態度で臨む……はずだった。しかし、聖職者にならなければジャーナリスト、しかも社会正義のために労を惜しまなかっただろとう、自ら公言していた聖職者であった。就任と同時に保守派の攻勢を削ぐために、バチカンの資金管理を担当していた聖職者たちの不正にメスを入れようとしていた。財政だけでなく、長年、抱えていた「離婚」、「妊娠中絶」、「同性愛」についての教会法を女性の目線、マイノリティの視線で改革しようとしていた。問題が山積することを、むしろ新法王は歓迎していたぐらいだ。幸い頑健な健康体をである。難問は望むところ、それこそ、自分が法王に選出されたことは神 の意思として、自身の正義のために不正と因習の壁を突き崩そうとしていた。しかし、法王在位、わずか33日で急逝してしまったのだ。
 その不可思議な死の真相に迫ろうとしたのが本書の主題だ。
 しかし、英国人の著者は急逝の謎そのものにだけ焦点を当てているわけではない。ルチャーノの個人史を実に丹念に取材し、法王に選出されまでの“赤貧”を貫いた歳月を丹念に綴っており「ヨハネ・パウロ1世」伝、ないしは「アルビーノ・ルイチャーノ」伝として読んでも一級の評伝ではないかと思う。
 ヴェネツィア総司教の座は世界でも有数のカトリック教区の長ということである。世が世ならば「ベェネツィア共和国」の権力者として巨万の富を作ることができただろうし、20世紀でも大きな資産を作ることも可能だった。しかし、無欲な人だった。
 法王としての豪奢な聖衣も役どころの衣裳だから仕方がなくつけているだけだ、と本気で思っていたひとだろう。なりより不正を厳しく排除するという姿勢を、物静かで穏和な人柄のなかに包みこんだひとであった。多くの聖職者から慕われていた。
 そうしたルイチャーノ個人の人柄を造形していくなかで著者は恣意的な想像力は排除し、誕生からバチカンまでの道のりを丹念に取材し、多くの証言を集め語らせるという手法で等身大の像を読者に結ばせようと試みている。
 ルイチャーノがコンクラーヴェで選出されると、すぐバチカン銀行の調査に着手した。
 当時、バチカン銀行はポール・マーチンクス司教が総裁として君臨していた。米国でも有数の教区シカゴの枢機卿であった。有数ということは信徒から厖大な浄金を集まっていた、という意味を持つ。その浄金を私的に流用していたことは長年、公然の秘密だった。その金の流れについて本書はかなり踏み込んだ書き方をしている。新法王はそのマーチンクス司教をバチカン銀行総裁の座を外そうと考えていた。それは、新法王が就任からすぐ着手した。そして、動かぬ証拠を押さえ、反証が困難と見極めたところで辞令を発するつもりでいた。その直前で、証拠とともに“暗殺”された、と著者は強調するのである。
 バチカンの保守派とは蓄財に熱心な派閥ともいえる、と著者は語っているように思う。その派閥を金銭問題で追及し、バチカンの統治機構から排除すれば、あたらしい時代にふさわしい教会法を認めさせることも容易だと新法王は考えていたようだ。しかし、急逝した。
 著者が本書を刊行した時点でマーチンクス司教は総裁の座に留まっていた。その時、バチカンはポーランド出身のカロル・ユゼフ・ヴォイテイワ枢機卿が選出された。“空飛ぶ法王”と呼ばれた歴代法王のなかでもっとも活動的な新法王ヨハネ・パウロ2世の誕生だった。2世は教義的にはもともと保守的な考えの持ち主であったが、前法王の遺志はできるだけ受け継ぐという意味で「2世」を名乗った。あるいは、「1世」の死因を憶測は避けねばならないだろうが、ある程度、知っていたのではないだろうか? 「1世」は不審死ということで司法解剖や、検察の所見も受けていない。それをするとすればローマの検察が行なうのだが、そこはバチカン市国という“国家”である。その“主権国家”のなかで起きたことにイタリア政府は踏みこめない。マーチンクス司教はイタリアの銀行を活用して不正を行なっていた、行なっているとも追及されていた。しかし、同司教がバチカンを出ない限り拘束できず、2世の下で総裁の座は安泰だった。
 本書が英国で刊行されたのは1982年。2世がポーランドの独立自主管理労組「連帯」支援を公然とすすめていた時代で、世界の目はソ連邦の解体、東欧諸国のソ連圏からの離脱という20世紀後半期の世界史的な激変を注視していた。そして、そのなかで2世は地球大の活動を行なっていた。バチカンとは2世の行動そのものだった。そのなかで、1世の死はすっかり埋没してしまったのである。
 *1985年4月初版(原書は84年刊行)文藝春秋刊

▽010
 『知られざるバチカン』ジョージ・ブル著(関栄次・訳)

 本書も英国のジャーナリストの仕事。1982年の刊行だから、『法王暗殺』に先行する。そして、ともにヨハネ・パウロ2世の前期に属する時代のバチカン機構を丹念な取材によってルポしたものだ。「国家」としてのバチカンについて、その財政問題にも踏み込んでいるということでも注目されたわけで、日本のカトリック作家・遠藤周作が「長い間、知りたかったことを次々と知ることができた」という推薦文を寄せる理由があった。
 本書では1世の急逝を書きながら、その不自然な死については全く無視する。しかし、2世の誕生に際して枢機卿たちが求めたのは、1世のような改革派ではなく、「神学では伝統主義者」であることを求めていたと書いている。著者は、1世が排除しようとしたマーチンクス司教(リトアニア系米国人であることを本書によって知った)にも単独インタビューしている。同司教のバチカン銀行も関与していた投機的事業を認めながらも、それは深く追及されないが、「教皇の富の貸借対照表」という一章を本書の最後におかくという意図になんらかの批評性があると思われる。『法王暗殺』と合わせて読むとなかなか興味深い。
 2書とも非カトリック圏のジャーナリストによって成されたという意味も留意しておく必要はあるだろう。『ダヴィンチ・コード』もまたそうだ。カトリック信徒にはなかなか踏みこめない暗黙の領域というものが存在しているのかも知れない。
 *1988年7月初版(原書は1982年刊行)日本放送出版協会刊。

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