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バルガス・リョサ、ノーベル文学賞受賞

ペルー
 バルガス・リョサ、ノーベル文学賞受賞

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 毎年、後半四半期はなにかとノーベル賞の話題が多くなる。
 今年は中国で不当としかいいようのない“罪状”で拘禁されている人権活動家が「基本的人権を非暴力で貫いている」として平和賞を受賞し、中国政府は大国の威勢で何かと政治加入して話題を提出した。中国から大きな経済援助や、商取引きでうま味を受け取って国は、授賞式への参加を見送る国が出た。日本では、尖閣諸島問題もあったから、対中国イメージは悪化の一途をたどっている。個人的な中国観でいえばアノ国の政府は嫌いだ。中国が嫌いなのではなく、政府に嫌悪する。その政府に寄生することによって権力の細胞、末端部で定見もなくうごめく小官僚たちのうろんな連中も度しがたい。アノ国は共産党という新手の〈王朝〉が独裁している国だと思っている。
 一度、『人民日報』の協力を受けて約2週間、北京と上海、そして開発の槌音高きという1990年代の海南島へ取材したことがある。その際の地方の共産党幹部たちの横柄ぶり、教養も欠落し品格のない連中。その民衆をみくだす態度に辟易したものだ。いちばん、ひどかったのは上海郊外にあるカトリック系の神学校を取材した際、聖堂で祈る近在の信者たちを檻のなかの珍獣をみるような視線だった。祈りの妨げになることなどまったく考慮せず、「先生(筆者のことである)、写真を撮るならここから撮ればいいですよ」と祈る信者の鼻先に腕組みして睥睨するあつかましさ。
 そして、バックパックの個人旅行で香港から広州入りして歩いた旅……それは、前者が満漢全席の旅というようなものであったが、後者はファーストフードの旅であった。その両方を実行してみて、この国の政治制度に徹底的な不信感を抱いた。この国の正式名称は、『中国人民共和国』であるけど、その「人民」の地位は実際、小さい。
 大きく横道にそれるのは小生……といった具合に年末はノーベル賞の話題に事欠かない。
 ここでちょっと書いておきたいのは文学賞のことだ。豊潤な現代ラテンアメリカ文学の森を巨木でささえるペルーのバルガス・リョサが受賞したからだ。
 日本では名ののみ高名だが、広大なアマゾン密林にわけ入るような取り止めのなさを感じさせるバルガス・リョサの文学の長編に親しむ者は少ないというのが日本の実情だろう。これを機会にその森にわけ入ってもらいたいとの個人的な思いもあるので書くのだ。
 ペルーにとって最初のノーベル賞受賞者となった。その受賞決定と、ほぼ同時期、同国初の天然ガス田が発見された。アラン・ガルシア・ペルー大統領はリョサの受賞とともに、「神は祖国へ二重の喜びを与えた」との声明を発表したものだ。
 リョサは40代前半で国際ペン・クラブの会長(1976~1979)を務めたほどの早熟の才能だった。その当時、すでに『緑の家』『都会と犬ども』(ともに邦訳)の長編で世界的な成功をおさめていた。そして、ペン会長としての職務も堅実にこなしノーベル賞にもっとも近い作家といわれていた。それが30年近い紆余曲折、長足の迂回路を取らせることになった。
 理由は色々、とりざたされているが、1990年、ペルー大統領選挙に出馬してからの政治活動が受賞を遠避けたといわれる。政治的に生臭い人間は平和賞の候補にはなっても文学賞にはそぐわないと敬遠される傾向がある。
 その選挙とはアルベルト・フジモリが大統領に初当選した時のものだ。これにリョサは伝統的な保守政党の候補者として出馬、一次選挙でフジモリ票を上回ったものの、決選投票を前に敗北を認めた。決戦投票に進めなかった他政党との連捷工作が不調に終ったからだ。その後、フジモリの政敵として国外へ追われ、スペインに活動の拠点をおいた。
 今回の受賞に対して国内の政治的な対立者のなかには、「フジモリが失脚し抑圧の心配が消えたにも関わらず祖国に復帰せず、一度、旅で来ただけのリョサにペルー人の資格はあるのか」といった批判の声も聞かれた。
 1960年代以降、世界的な影響力を行使するようになったラテンアメリカ文学だが、その牽引者はなんといってもコロンビア出身の作家ガルシア=マルケスだろう。彼の詩的イマジネーションに富んだ幻想的現実主義と呼称される文学とリョサの文学とはまったく異質だ。より伝統的なリアリズムの形式のなかに緻密な文体と構成力、そして鋭敏な観察眼で社会矛盾を暴き、現実を鋭くえぐる手法を取った。
 けれど、リョサ文学のなかにあってもっとも親しまれている作品は『パンタレオン大尉と女たち』だろう。アマゾン辺境地帯の国境警備隊の若い兵士の愛と性を描きながら、国家権力の恣意性を告発する。ここでは通念の娼婦観はなく“聖化”の気配すらうかがえた。この小説はリョサ自らメガフォンをとって映画化された。近年もリメイクされラテン圏では商業的な成功をおさめた。これを機会に日本でも公開して欲しい映画だ。近作ではクンビア・イキトス派とよばれるペルー独自の濃厚で熱いクンビアも聴けるのだ。サルサやレゲトンばかりがラテン・ポップスの主成分ではないのだ。
 リョサは文学とどうじにアクティブで優れた社会評論の書き手でもある。思想的にはわずかしかブレていない。フジモリに政治的力学的に敗残者となって、現実政治に関われなかったことが幸いしたかも知れない。フジモリと対立したのは、日系人学者のなかにポリュラリズム=大衆迎合主義的な臭みを嗅ぎ取ったからだろう。リョサは独裁に陥りやすい、そうした政治姿勢をラテンアメリカから排除していかなければいけないと考えていた。
 リョサはメキシコを半世紀以上に渡って支配していた制度的革命党をアメリカ大陸におけるもっとも巧妙な“独裁政権”と批判し、メキシコ論壇での注目度の高かった。キューバの革命政権に対しても歯に衣をつけぬ批判を展開していた。
 現在、74歳のリョサには政治家としてペルーに戻り活動する気はないだろうが、作家としての活動は精力的に継続させている。日本でもリョサ作品の復刊や、新刊も予定されている。

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