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バレエと映画 5  『ロパートキナ 孤高の白鳥』『マイコ ふたたびの白鳥』

二つの注目すべきバレエ映画 来春、相次いで公開
 『ロパートキナ 孤高の白鳥』『マイコ ふたたびの白鳥』

 2作とも「白鳥」がサブタイトルで形容されている。しかし、ロパートキナはサン=サーンスの「瀕死の白鳥」、マイコはチャイコフスキー=マリウス・プティパ「白鳥の湖」。ともに女性監督による現役、プリンシパルを主人公としたドキュメントだ。
 バレエのドキュメント映画を批評するのはむずかしい。というより矛盾を抱えている。評者はどうしても知名度の高いバレリーナに注目してしまうし、バレエファンならなお更だ。また、興行的にも知名度の高い主人公を据えた映画はよりキャパシティのある劇場で公開されるのは必然で、宣伝に経費をかけるから試写の回数も必然、多くなり批評家の目に触れやすくなる。 
 しかし、映画批評としてみればプリンシパルとしての技量は等閑視される。否、しなければならない。映画批評家にはプリンシパルのギャランティーは関係ない。たとえ、「瀕死の白鳥」をバレエの至宝と育てたアンナ・パブロワを描こうが、同時代のニジンスキーを描こうが、映画として駄作なら批判は受けるのである。たとえスクリーンで至高の美を捉えたとしても、それは映画の完成度に貢献する1パーツでしかない。
 その意味では、70分という短尺の『マイコ』(オセ・スペンハイム・ドリブネス監督)を評価したい。マイコとは大阪出身のプリマ・西野麻衣子。現在、ノルウェー国立バレエ団に所属する。以前、ドキュメント映画『バレエ・ボーイズ』を取り上げたことがあったが、舞台は同じバレエ団だ。ノルウェー映画である。その意味でも興味深かった。
 西野さんは15歳で英国ロイヤルバレエスクールに留学。1999年にノルウェーのバレエ団に入団し、その6年後、東洋人初のプリンシパルに抜擢された努力家だ。
マイコ

 172cmという日本人バレリーナとしては長身。日本国内でより欧米で活躍できる逸材だった。彼女が英国に留学する経費は両親が自宅や車を売って捻出された、といった逸話なども紹介される。彼女はそんな両親の献身にこたえるべく不退転の決意で練習に励んだ刻苦の才能とも紹介される。彼女をとりまくいくつかの挿話を織り込みながら主題は、プリンシパルの座を自ら降りる危機、しかし、ひとりの女性にとっては至福の瞬間、まさにターニングポイントを迎えた西野さんを描く。

 以前、米国映画、バリシニコフも出演した『愛と喝采の日々』を紹介したことがあった。
 女性バレリーナの恋、結婚、そして出産をあきらめて名声をほしいままにしたプリンシパルと、結婚・出産を機に自ら栄光の階段を降りたバレリーナ、そのふたりの友情と相克、そして和解を描いた作品だった。そういうことはバレエ外史として世界各地で起きていることだろう。しかし、ドラマとして描かれることはあっても、実録として記録された映画として『マイコ』は貴重な作品になった。むろん、彼女が現役のプリンシパルとして、その芸術をまず披露できる、見映えする映像が撮れたという点がクリアされているからこそ映画は迫真のドラマになった。
 プリンシパルの年間スケジュールはほぼ前年に決まる。その決定に沿って共演者の配役なども決まっていき、公演にそなえて綿密な練習スケジュールも立てられる。まさに、そうした時期、劇場の公演日程が印刷された時期、西野さんは妊娠する。伴侶はノルウェー人。
 バレリーナとして長いブランクが生じる。妊娠・出産によって肉体のバランスも崩れ、筋力も落ちる。それを妊娠前の状態に戻すのは至難の業なのだ。
 カメラは、そんな西野さんに寄り添いながら、同情めいた質問などせず追いつづける。ときに冷徹と思えるほどカメラは辛らつに西野さんの焦燥すら描き出す。ながれる汗、荒い吐息、苦痛・・・練習、肉体のケア、練習、また練習。映画では明示されていないがゲネプロを数日後に控えた某日という段階でも失敗してしまう、あの黒鳥姫オディールの32回のグランフィッテ。しかし、本番で見事に魅せる。映画はちゃんと最後に見せ場を用意してあった。それは、長い両手がしなやかに舞う見事な舞いであった。
 そう、筆者が敬愛してやまないニーナ・アナニアシビリに次ぐ、という思いが映画を見終わった直後に、湧いてくる。しかし、ニーナの舞いはもうみれない。引退してしまったからだ。もう、52歳になるのか……。余談だが、ニーナの上げ潮期、20代前半だったと思うが、モスクワのボリショイ劇場で接している。『白鳥の湖』ではなく『ドン・キホーテ』だったが。

 『白鳥の湖』で白鳥と黒鳥を演じることは、まったく相反する女、その感情を表現する至難の役だが、西野さんは長いブランクを超えて挑戦し、演じきった。むろん、バレエ団は西野さんの代役も用意していた。その代役の動きを注視する西野さんのお腹は膨らんでいた。そんなシーンも捉えている。そこに余計な言葉も入らず、稽古場の熱気だけがBGMとなっていた。
 
 数年前、ナタリー・ポートマン主演の映画『ブラック・スワン』を取り上げ、批判したことがある。表題はむろん『白鳥の湖』の黒鳥からきている。老いたプリンシパルに替わって来期は、有望な新人のきみにと選抜された少女ニナの物語。そのニナ役をナタリーを演じたわけだが、そのニナという名を聞けばバレエファンなら誰だってニーナ・アナニアシビリを想い出す。しかもアナニアシビリの引退公演は米国ニューヨークでの公演『白鳥の湖』でもあったのだから。そうバレリーナにとって長丁場の古典はターニングポイントに相応しい名作なのだ。
 
 西野さんは幸福な人だ。まだ開花にほど遠い娘の才能と意思の強さだけを信じ、惜しみなく援助を与えつづけた家族、そして“主夫”の座もいとわない旦那さんにも恵まれて。しかし、彼女もそう長くはバレエ団の主座に君臨してはいられないだろう。そう遠くない将来、プリンシパルの座をみずから明け渡すことになるだろう。それが残酷な宿命だ。だからバレエは美しい。散りゆくの花のいっときの華を鑑賞するばかりなのだから。
 『ロパートキナ』(マレーネ・イヨネスコ監督)について語る余白はなくなった。ポスターのコスチュームは「瀕死の白鳥」のもの。制作、営業サイドはロシア、マリインスキー・バレエのプリンシパルを「白鳥」に象徴させたようだが、映画ではウリヤーナ・ロパートキナは静かな語りながら、日本でというより、ロシア以外では定番とはなっていない『愛の伝説』への執着を繰り返す。その熱意につられたように映画の冒頭と最後は1961年、マリインスキーの前身キーロフ劇場時代に初演された同作を舞うロパートキナを映し出す。彼女が語っているわけではないが、おそらくパブロアによって完成された『瀕死の白鳥』のように、〈私自身は『愛の伝説』を古典として完成させた〉という思いがあるのだろう。
キナ2
 映画はいままで外国人の映画クルーの侵入を拒んできたキーロフ=マリインスキー劇場がはじめて受け入れたということでも注目されている。今年上半期にモスクワ・ボリショイ劇場に外国人としははじめて英国人映画クールが入って話題となった映画が公開されたが、『ロパートキナ』はフランス人クルーである。
 おそらく近年の原油価格の下落で経済的に苦境にあるロシアの現状をみれば、公的援助はかなり厳しくなっているのだと思う。背に腹はかえられないと、どういう名目化はわからないが映画制作サイドからマリインスキー、ボリショイに金が流れているだろう。それが現実だ。ソ連邦が崩壊したときおおきな打撃を受けた両劇場だったが持ちこたえた。政治的な危機を乗り越えて、いままた経済危機にあるとも思える。

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No title

こんにちは
私も「ロパートキナ 孤高の白鳥」を見ましたので興味深く読ませていただきました、私はこの映画に感動いたしました。私はロパートキナのバレエは映像作品で何度か見ましたが、ロパートキナの「白鳥の湖」や「瀕死の白鳥」は感動的で、ロパートキナの白鳥の表現は、まさに人間の心を持った白鳥を見ているようでした。素晴らしいバレリーナはたくさんおりますが、「瀕死の白鳥」をこんなに美しく表現できるバレリーナを知りません。

私は日本人バレリーナとして英国ロイヤルバレエ・プリンシパルに20年以上君臨した吉田都さんの比類ないバレエの魅力についてレポートいたしました。読んでいただけると感謝いたします。

No title

 過日は当方のブログの拙文にわざわざ感想を戴きありがとうございました。そして、吉田郁さんへの才能への愛情がとても感じられる文章にも接して戴きました。 
 そのブログがとてもおしゃれで適度に遊び心もあって洗練されていると思いました。当方のように書き散らした雑文がとりあえず散逸しないようにまとめておくというビジネスライクなブログとは基本的なスタンスが違うなぁという印象でした。
 
 バレエ映画というのは評価がとても難しいカテゴリーだと思います。映画である以上、たとえニジンスキーのドキュメントであろうと、映画である以上、映画表現として優れているかどうかというのが第一義であって、ニジンスキーの存在は二義的なものになると思います。その意味では、ロパートキナの映画は、映画として凡庸だと思いました。それでドキュメント映画として比較的ということになりますが、『マイコ』に比重をおいた文章になってしまいました。
 映画とバレエ表現の間に、という問題はバリシニコフ出演映画のところで少し触れていたように思います。当方、「バレエと映画」というカテゴリーを作っていますので、ご覧ください。 

 それから、バッハのミサ曲について書かれた文章があったのでよまさせて戴きました。そのブログにカットとして、「イーゼンハイム祭壇画」が提示された。僕には、文章を補則する象徴として、ブログの書き手の視線が奈辺にあるのかを感じさせるものでした。グリューネバルトの絵ですね。ドイツ農民戦争当時の。アフリカで活動したシュヴァイツアー博士がバッハに導かれた絵。この絵と博士のことについて昔、ながい文章をけっこうアカデミックな研究誌に書いたことがあるのですが、そのうちブログに採録しようと思っています。では・・・。
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