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花もつ女たち №63 レオノール・フィニー(アルゼンチン/イタリア 1907~1996)

花持つ女たち 
 レオノール・フィニー (画家*アルゼンチン/イタリア 1907~1996)
フィニー

 ミステリアスで蠱惑(こわく)的な霧のベールとして、演劇的な人生を送った巫女(みこ)。描く世界は魂のあでやかな官能の劇場。
 フィニーにとって描くべきビジョンは最初から明確だった。ためらいはなかった。だから、絵画修行は流麗な筆致を学ぶための古典的な技法の習得であり、シュールレアリスムの象徴的なイメージの操作、豊爛と抑制への鍛錬であり、そして嗜好にあった文学、演劇、音楽などをどん欲にむさぼり喰らうことだった。フィニーが描く女性の裸体の美しさ、その決め込まない肌の質感は古典的な修練を経て習得されたものだろう。画面全体の破綻のない均整美もアカデミシャンとしてのフィニーの存在を教える。
 フィニーの描く女たちはいつも素肌をあらわにした。その素肌に感情をこめるには、それを慈しむ平静からの感性が必要だったろう。
 おそらく演出なのだろうが、自画像写真もまた両肩をあらわにした、しどけない姿である。
 舞台装飾、香水の容器、映画や演劇の衣裳デザインなどへの傾斜はそうした彼女の嗜好に忠実な創作美の僕(しもべ)であった。
 アルゼンチンの首邑(しゅゆう)ブエノスアイレスで生をうけたのはイタリア人の母がその国の伊達男を追って、その新興都市に棲(す)みついたから。住むではなく棲みついた、と書いた。ブエノスアイレスでの営みは、恋の加熱期におけるつかの間の出来事であったからだ。乳飲み子フィニは母と一緒にイタリア・トリエステに去った。男は追ったが、ふたりを取り戻すことはかなわなかった。外航船の船乗りたちが飲んだくれる港の酒場からタンゴが醸成されていった時代のエピソード。
 当時、オーストリア=ハンガリー帝国の港町であったトリエステの環境がフィニーの感受性に大いなる刺激を与えた。早熟だったフィニーは幼いときのお絵かき、落書きの延長から、少女の内的告白を絵筆で吐露しはじめる。独学である。それから芸術的騒擾の坩堝(るつぼ)にあったパリに出る。
 技量は20世紀の女性画家のなかでも秀でた存在であっただろう。ラテン系のシュールレアリスムの女流画家に筆者も偏愛するレオノーラ・キャリントンがいるが、幻視の画家としてはフィニーを並べる。
 フィニーの絵画は確かな職人的技巧で表出される。その世界はあくまで静謐(せいひつ)でありながらも常に挑発的であり、異性に対しては攻撃的な装いもみせる。それもレオノーラに似ている。
 イメージの秘話は謎めいているから、みるものは心地よく翻弄されてしまう。

 男性はいつでも客体でしかありえない世界。フィニーは絵の世界ではいつでも権力をもつ巫女であり、男は助祭でしかない。男はフィニーの前ではいつも心もとない客体である。それはフィニーにとって愛の対象ではなかったからだろう。

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