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ホタルの爆発

ホタルの爆発

 12月9日、作家の野坂昭如さんが鬼籍に入られた。あらためて野坂さんのプロフィールをみると私の母と同い年生まれであることを知り、戦中、そして敗戦直後の労苦を思わずにはいられなかった。母は二度の東京大空襲を荒川区で体験し、焼け出され埼玉県南の川口に逃げ延びたのだった。
 そんな少女時代を過ごした母が語る“昭和”は野坂さんが書いてくれた幾つもの小説によって肉付けされた。1967年、直木賞を受賞された『火垂るの墓』『アメリカひじき』は敗戦間際、そして敗戦直後の日本を地を這う声として描きだされた名作だ。昭和という時代を語るとき、けっして忘れてはいけない小説だと思う。しかし、文学的達成というなら、私見だが『骨餓身峠死人葛』あたりではないかと思う。その作品が発表された1969年、現代詩の専門雑誌として当時、多くの読書を抱えていた『現代詩手帖』に、その冒頭部分が当年の代表作、そこでは散文詩という扱いになったと思うが掲載されていたことを鮮やかにいまでも鮮やかに思い出す。そして、70年安保をはさんだ10年ほどが野坂さんがもっとも充実し た仕事をしていた時期となるだろうか。
 野坂さんの訃報は、〈『火垂るの墓』で知られる作家〉といった枕言葉で告げられた。同じ直木賞作品であった『アメリカひじき』でも『骨餓身峠~』でもなかった。むろん、それは社会的知名度の高さということで『火垂る~』となったわけで、文学的評価とは別だ。そして、そこにはジブリ効果というものがあっただろう。多くの人が映画『火垂るの墓』(1988)の感動から野坂文学に近づいただろう。
 
 で、私はというと、その『火垂る』から1990年雨季のはじまり、中央アメリカ三カ国の乗り合いバスの旅で遭遇したホタルの乱舞、狂気的ですさまじい、としか形容のしようのない群舞、爆発的な光の点滅のなかを突き進んだときのことを思い出してしまうのだ。
 
 中央アメリカ、南北のアメリカ大陸をつなぐ地峡に7カ国がモザイクのようにつらなっているが、その乗り合いバスの旅はグァテマラ、エル・サルバドルを経て、陸路、ホンジュラスの国境を超えて同国の首都テグシガルパ経て、カリブ海沿岸にいたる行程であった。そのテグシガルパを囲む、高地をゆっくり走っているときに遭遇した。
 当時、グァテマラもエル・サルバドルも内戦のさなかにあった。白昼、都市部での戦闘というのはほぼなくなっていたが、幹線道路には迷彩服の政府軍兵士が自動小銃の引き金に指を当てたままパトロールしていたし、ときどき市場に乗り付けた武装トラックから飛び降りた兵士たちが通路の売り物を蹴飛ばしながら駆け込んでゆくという光景がみられた時代だった。
 グァテマラでは幾度もバスから下ろされ、両手をバスの横腹について検問を受けたことも幾度かあった。熟練の兵士に検問を受けるのはいいが、おどおどした少年兵士におなじことをされるのは背筋が凍てつく。肝の据わっていた少年の指にかけられた引き金ほど危険なものはない。まるで映画のなかのシーンだなぁと思いつつも、若い兵士の目は険悪で、視線をあわさないように、その動きを注視しなければならなかった。怖いのはたまたま乗り合わせたバスのなかにゲリラ兵士か、そのシンパが潜伏していることだろう。
 内戦国エル・サルバドルから、貧しいがとりあえず戦火のないホンジュラスに入国するとなんとなく気が抜けた。
 国境にたむろす首都テグシガルパ行きの乗り合いバスをみつけとりあえずホッとする。しかし、うとうとなどできない。外国人旅行者はこそ泥のかっこうの標的なのだから、とりあえず終点まで目をあけている必要がある。これは、けっこう辛いことだが仕方がない。バックパッカーの旅というのは幾多の試練をシレンとは思わず鷹揚に受け入れる覚悟がないとできない。
 しかし、偶然、乗り込んでしまったバスはまったくとんでもないシロモノだった。なりばかりおおきな愚鈍な鉄のロバ。走り出して30分もしないうちに減速、サンチョパンサが曳くロバのごとき歩み。理由など分からない。途中、いくどか路肩に止め、運転手はボンネットを開けて点検しているが全然、スピードは上がらない。
 夕刻前にテグシガルパに着きホテルを探すつもりだったが、それは早々、断念。満席の乗客誰ひとり、「もっと早く走れ」とか、「金を返せ、他のバスを見つけるから」といった文句、罵声はまったくあがらない。みなろくでもないバスに乗り込んでしまった身の不運を受け入れているように思える。
 もともと米国でさんざんはしりまわったスクールバスを再利用したものだ。部品は寄せ集め。そんなバスが中米諸国のそこかしこを走り回っている。そんな中古バスが悪路だらけ、積載オーバーで走り回っていれば、バスがもうやってられねぇと悪態ついても座り込むのは当然なのだ。「俺はロスでさんざん走り回って、やっと年金暮しを迎えたとおもいきゃ、何のことはねぇ、鉄くず値段で中米にうっぱられ、ノミ、虱をわかせた汗臭い連中を満載して青息吐息で走らされている。老い先短い俺を鞭打つ。この世に神などいるものか」とゼイゼイいっているバスがのた打ち回っている。バスの悪態ごもっとも、と乗客も納得してからおとなしく揺られている。運転手は、まぁまぁ終点についたら新鮮なオイルをたっぷり飲ませてやるし、プラグもみな取り替えてやるからな、とかなだめ すかしながらハンドルを握っているのである。
 はやばや夕暮れが迫ってきた。この夕暮れをシャワーを浴びたホテルの部屋で迎えるはずだった。
 夕暮れが山のかなたに沈み込んで、街路などほとんどない道をテロテロと走るバス。やがて深い闇のなかを這うように走る。クーラーなどないバスだから、車窓は全開である。その窓から侵入したのだろう。蛇行しながら点滅する小さな光が目のまえを過ぎてゆく。ホッ・・・という感じで光を追うと、やがて車内のあちらこちらに小さな点滅が舞っている。
 あれホタル? と疲れた視覚が感知する。
 ホタルがバスに侵入、と思っていたら、たちまち光は増え、やがて点滅はバスのいたるところではじける。車窓から出した腕に光があたる。顔にもあたる。服につく。髪の毛のなかに入り込んだ感じもする。なんだ、これは・・・ゆらりほらり、幽玄明滅なんてしろものではない。バシビシッ、傍若無人である。道の周囲に無数の点滅、目を防御するようにして、道路の進行方向を眺望すると、遠くの丘か山か、その稜線がわかるど光が点滅しているのである。
 ホタルはゆらりほらり、あっちにひとつ、こっちにひとつというもったいぶったゆらめきがリリカルなのであって、バシビシッときたら、こっともエイ! ヤァ! と手刀で迎え打つしかないのである。バシビシッ、エイ! ヤァ! と乗客は無言でパフォーマンス。そんな時間が10分か15分ほどあったのだ。そのホタルの点滅ゾーンを過ぎたら、もうなにもない。劇的なホタル鑑賞の夕べであったはずだが、あまりにも思いがけない出来事で鑑賞を観照する暇もなく、再び甦るロバの歩みに苛立つのである。すぐ、今晩、これから宿が確保できるかどうかという現実的な心配のまえに、ホタルのスペクタルを反芻する余裕も、ましてや一句ひねろうと気にもならない。いや、あれは散文、ドキュメントの世界だ。けっして俳諧のわびさびで括れるようなことではなかった。

 ・・・という思い出のまま、野坂さんの訃報までホタルの乱舞の記憶として20年以上、抱えてきたのだった。友人知人にその体験を幾度となく話もした。で、野坂=火垂るの墓=ホタルの連想でバス旅行のことを思い出していたら、あのホタルのこと一度も文章にしてこなかったことに気がついた。そこで、あれは、なんという種類のホタルであったのかと、いろいろ調べはじめた。と、なんと、それはホタルではなかったのだ。メキシコから中米地峡、南米北部にだけ生息するヒカリコメツキムシであったのだ。腹部の左右に発光する小さな点がある。
 日本にも約600種のコメツキムシがいるというからかなりメジャーなムシである。世界には約10000種! それぞれの環境にたくましく適応して子孫繁栄させているつよいムシということだ。日本のコメツキムシは光を放たない。だから、知らなかった。光を発しながら飛ぶ昆虫はホタルしかいないと思い込んでいたから、20年以上、ホタルの記憶として留めていた。
 野坂さんの訃報ではじめて私の記憶は是正された。
 この20年間、ホタル乱舞の幕間談として聞くはめになった友人・知人にはここで深くお詫びする次第である。ひとつ慰めがあるとすれば、エイ! ヤァ!と手刀でこたえた私の仕儀は正しかったことだ。ヒカリコメツキムシは栽培植物の根や地下茎を食う害虫である。で思う。あの異常とも思える繁殖であの付近の農作物はそうとう被害がでたのではないかと。まずしい農民の多いところだから、それは大変、深刻なことになっていたのではないかと今更、思ったところでなんの気休めにもならないのだが、やはり思わずにはいられない。

 中米暮しの13年間、エイ! ヤァ! と昆虫群と戦い、グチャ! ベチャ! と踏み潰したキモイ戦いを幾度も体験してきたのである。思い出すと背筋にむしずが走るような記憶もある。暇をみてこれからも記録しておこう。

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