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プロバカンダとしての「映画」の効用と役目  映画『5デイズ』 レニー・ハーリン監督

圧倒的な戦力の差のなかで、抵抗を強いられた小国の戦争
~プロバカンダとしての「映画」の効用と役目
 映画『5デイズ』 レニー・ハーリン監督
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 2008年8月、コーカサスの小国ジョージア(グルジア)で勃発した「戦争」があった。短期間であったが、国境紛争といった規模ではいえない。確かに、大国ロシアにとっては、ウクライナの東部の一角を占拠するような国境紛争であったかもしれないが、小国ジョージアにとっては国家存亡の危機ともいえる「戦争」であった。
 現在、公開中の映画『独裁者と小さな孫』を紹介し、そこで本作『5デイズ』(2011)にも触れたので、この際、言及しておこうと思った。すでにウクライナ紛争、シリア内戦の深刻化のなかですっかり隠れてしまった5日間で銃火は止むことになった戦争を描いた唯一の映画ということも取り上げておきたい理由のひとつだ。

 公開時の世評はマイナス評価の方が多かったと思う。その最大の批判点としてグルジア政府が軍、その装備など全面協力したプロバカンダ映画だから、というものだ。しかし、それは単純な見方だ、というよりプロバカンダという言葉を皮相的には解釈していない者の批評ともいえない“感想”に過ぎない。
 たとえば現在、ハリウッドで制作されているアフガニスタン、イラン、イラク及び中東諸国の戦場をとりあげた作品の多くが米軍及び有志連合軍のプロバカンダ的側面があることは誰もが認めるところだろう。より具体的にいえばスピルバーグがナチ・ドイツのユダヤ人ジェノサイドを取り上げた映画を制作した後、パレスチナ・ゲリラがミュウヘン五輪の最中に起こしたイスラエル選手団へのテロ行為、その報復に従事するイスラエル特務機関モサドの活動を描いた映画を撮った。そういう厖大な資金力を必要とする仕事の持続性、計画性そのものがユダヤ人 スピルバーグ監督流のプロバカンダの発し方となるのである。
 
 国際政治の現実を直視できない映画批評家の多くは『5デイズ』をプロカンダを切る。ロシアが今日まで、たとえばチェチェイン紛争をクレムリン視点で撮ってきた映画がプロバカンダとすれば、『5デイズ』は小国ジョージアが積極的に抵抗・防御のために制作せざるえなかったプロバカンダなのだ。チェチェン人だって、ジョージア人のようにロシア軍の抑圧的な内政干渉を映画に撮って世界に訴えたいだろう。しかし、チェチェインには残念ながら映画制作のノーハウがなかった。
 国境を接して、巨大な武力をもつ大国が“敵性国家”として存在している状況のなかで、小国が資金をさほど必要としないプロバカンダを絶えず行使することは生きるための便法なのだ。キューバのカストロ前議長、あるいはベネズエラの故チャベス大統領がたえず米国に牙をむいて指弾しつづけ国際的な注視が向くように意図したのは、米国の侵攻の意図を停滞させる積極的なプロバカンダであった。それを怠ったパナマやニカラグア、あるいはグァテマラ、グレナダといった民族主義的な社会主義政権を一度は自立した小国が米国の介入で無残につぶされた歴史的事実を知れば、そのプロバカンダの効用というものがわかるだろう。メキシコのサパティスタ、冷戦時代のセコハン兵器しかないという貧弱な装備で巨大な政府軍と対峙できたのは、インターネットを屈指したプロバカンダの効用であった。現在の「イスラム国」のネットの活用はサパティスタが源流だ。

 米国をロシアと置き換えてみれば小国ジョージアの立場は鮮明となるだろう。ロシア圏から離脱できた途端、手続きが面倒なユーロ入り、あるいはNATO加盟といったことの前に、容易に独立国家として認められるFIFA入りの手続きをとったバルト三国、ラトビア、リトアニア、エストニアという3つの小国の必死の姿勢を思わずにはいられないし、そういう文脈のなかでジョージア情勢を考えれば映画の味方も変わってくるのである。
 本作を批判する日本の安穏な批評家は、台詞も英語だと単純に批判し、ジョージア大統領すらアンディ・ガルシアが演じたハリウッド映画だと指弾する。映画は、戦争で家を失い土地を奪われた民衆が、首都トリビシに難民となって避難生活を送っている状況のなかで撮られている。ジョージアとしては、ロシアの非を世界に訴え抑制することは国策でもあっただろう。そのための一つの方法としてプロバカンダとして映画も必要だったろう。しかし、映画は迅速に世界各地で迅速に公開される必要がある。それにもっとも力があるのはいうまでもなくハリウッドの配給網だ。アンディ・ガルシアという米国人俳優を起用したということで単純に批判する評者がいたが、彼がヒスパニック系俳優であることを忘れている。その彼の思想、政治的立場を象徴する作品に『ロルカ』があった。いうまでもなく、スペイン内戦の最中、フランコの王統軍に虐殺された詩人ガルシア・ロルカを描いたものだ。ガルシアはロルカを演じるためプエルトリコ映画に主演した。ただのハリウッド人ではな い。そして、先に紹介した映画『独裁者と小さな孫』に主演したミシャ・ゴミアシュヴィリはジョージアを代表するベテラン俳優であり、英語も巧みにこなせる人材として『5デイズ』でもグルジア北部領土・南オセチア人という役を演じているのだ。

 ジョージア戦争ではロシアは、ロシア系住民の多いジョージの北部領土を併合するために執った戦争であった。元来、その領土内で支配権を確立するためだけの戦闘であったならば、多少、ロシア政府の言い分も聞こうという気になる。しかし、ロシア軍はグルジア領内に深く入り込み首都トリビシすら窺がう姿勢をみせた。真相はまだ明らかにされていないが、ロシア軍の侵攻が止まったのはNATO諸国がロシア軍に対抗する姿勢をみせたときだった。その時点でジョージアは同国第二の都市ゴリが占領されていたのだ。想像して欲しい、規模はむろん違うが、日本第二の都市大阪が他国占領されると仮定したらどうだろう。実際にそういうことが起こったのだ。

 プロバカンダという言葉をいうはやすい。しかし、どんな言葉にも内実の相違があるということだ。その位相も自己点検することなく批判するのは児戯に等しい。

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