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[ライナー・ノーツ] セリア・クルス『魂の贈り物~レガロ・デル・アルマ』 その2

セリア・クルス『魂の贈り物~レガロ・デル・アルマ』 その2
 
 AZUCAR!
 セリアがそれを発するとき、そこの紺碧の空が晴れ晴れと広がる。
 その空を奥行きの深いホリゾントとし、その前方に丈高いサトウキビがカリブ海から吹く寄せる風を受け止めて撓(たわ)み、あたかも大海のうねりのような光景がザァーと音を立てて広がってゆく。しかし、セリアは、アスカール! の真実を語ってことはない。
 徹底した芸人であったセリアは、けっして社会批評的言辞を歌に持ち込むことはなかった。彼女の宿命的とも言える芸人根性が人を楽しませることを天命としていたからだ。いかなるときも陽気さを失わず、そのステージはいつもフィエスタ(祝祭)であった。笑顔はセリアの売りであった。
 セリアのスペイン語は元来、ハバナの下町で培われたものだ。彼女の地言葉はコメ・エセ、「S」を食べる。つまり、「S」の音が発音されない、という意味で、かなりクセの強いものだったはずだ。しかし、残された録音を聴く限り、キューバをはじめとするカリブ諸国特有のイントネーションは希薄だ。特徴のあるスペイン語には違いないが、スペイン語族なら明瞭に了解できるのである。セリアにとって母語のスペイン語は歌の源泉であったし、心のなかを象徴する言葉そのものであった。英語を完璧に話すセリアだが、同じキューバ系移民の米国人歌手グロリア・エスティファンのように英語歌詞で歌ってグローバル市場にでていった行き方はしなかった。

 抜力蓋世(ばつぜんがいせん)という言葉がある。
 気力が人に優れてあふれ漲(みなぎ)っている、という意味だが、歌のフィエスタを司るセリアは、まさに疲れをしらない太陽の巫女であった。
 もう、セリアがそんなフィエスタを主宰することはなくなった。永遠に・・・。けれど、彼女が後世に遺贈した厖大な歌がアルマ=魂は時空を超えて生き延びて行くはずだ。遺作となってしまった本アルバムの表題は誰が命名したのだろうか・・・。『REGALO DEL AKMA(魂の贈り物)』。おそらく死期を予感しはじめたセリアは、長年のファンへの返礼として、これを制作したのかもしれない。
 遺作に違いないが、しかし・・・セリアの死期を確かな予感として企画されらものではない。あくまで次作への発展を期待させる現在進行形の「新作」として発表されたものだ。
 たとえば、「新作」の共演者として迎えられたパナマのエル・ヘネラルの起用にもそれは象徴されている。セリアは彼の実力を見込んで選び出し、あわよくば旬の養分を吸い取ってわがものにしようという野心すらうかがえるものなのだ。
 ここ数年でいえば、セリアの正統な後継者となるはず、そういう立ち位置も自覚していると思われるプエルトリコ出身のインディアがいたし、マーク・アンソニーとの競演もあった。そう、共演ではなく、若いマークとのあくまで技を競う“競”演であった。若手を押し出す場を提供しても、歌の道ではあくまでプロであって、年齢など考慮せず、あくまで実力で競う気概をけっして忘れなかった。それが生涯現役を貫いたセリアの天晴れ、なのだ。 (つづく)

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