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[ライナー・ノーツ] ルベン・シメオ&シエナ・ウインド・オーケストラ『トランペット・サーカス』

ルベン・シメオ&シエナ・ウインド・オーケストラ『トランペット・サーカス』
 *avex-CLASSICS AVCL25365のライナー・ノーツ
ruben 2

 ルベン・シメオは1992年、スペイン北西部ガリシア地方、大西洋に面した港町ビゴで生まれた。まだ16歳、初々しく聡明な少年だ。
 ビゴはカトリックの聖地として名高いサンティアゴ・デ・コンポステラからそう遠くない。ルベンのお父さんとガリシアの地と文化について、本アルバムの録音時間のあいだに短い雑談をした。
 スペインは地方によって際立った特徴がある。日本語では地方性というが、スペインでは自由自治性というべき“独立”志向と思えるほどの強いコントラストをもつ。ゆえに中央政府(マドリッド)から独立しようという機運がくすぶる州が幾つもある。その象徴がバスク州でありカタルニア州ということになる。ス ペイン北部州は、いつでも武器をもち戦おうと思っている民族主義者が大勢いるはずだ。「スペイン語」と書くけど、それは首都マドリッドを中心にした公用語であって、戦闘的な独立闘争で知られるバスク地方にはバスク語が生きているし、バルセロナを中心とする北東部はカタルーニャ語文化圏である。フラメンコをスペインのランドマークのように日本で語られているが、南部アンダルシアで育まれたもので、バスクやカタルーニャ、そしてガリシア地方では元来、疎遠なものだ。
 ルベンの生まれたガリシア地方は海でカトリック国のアイルランドと、英国を飛び越えて繋がり、その歴史的痕跡が深い。ケルトの影響を受けたバグパイプ音楽が根付いているガリシア地方でもある。ガリシアではバグ パイプとはいわずにガイタという。そして、聖地サンティアゴ・デ・コンポステラに守護された地方ゆえ教会音楽の普及度も高い。そこでは教会堂の外で信者たちが奏する簡素な吹奏楽団を発達させた。この吹奏楽団の古い形式は「新大陸」に運ばれ、植民初期時代に創建された「新世界」の古都に根付いた。ときには先住民共同体にも根付き、セマナサンタ(聖週間)で街頭に繰り出してくる。
 カトリックに縁遠い日本人の感覚では、スペインのトランペットというと闘牛場で吹かれるファンファーレのような音色を想起しがちだが、本来は宗教的な規範によって営まれた信者たちの祭礼のなかでより際立っているものだ。
 「自分もトランペットを吹くんだ」とルベンのおとうさんは語った。若 いときから吹奏楽団で吹いていたという。彼の兄弟もまたトランペット奏者。つまり、ルベンは幼いときからトランペットは玩具として生活のなかにあった。その「玩具」で遊ぶ息子の天分をおとうさんは見抜いたのだ。
 「自分を超えてはるかな地平に立つ才能であるかもしれない」と。おとうさんは活動の一線から退き、8歳の息子に賭けた。
 それから今日までルベンは堅実に修練し、実績を重ねた。ローカルな演奏会を着実にこなし、やがて国境を超えた。その才能の基層はガリシアの教会音楽なのだ。
 やがてフランスの巨匠モーリス・アンドレの目に留まった(耳に留まった)。近年は弟子をとらないことで知られるアンドレだが、ルベンを磨けば光る宝石の原石だと理解し禁を 破った。しかし、日本でのデビュー作となった本アルバムはアンドレ的古雅さからは遠く、ルベン父子の民俗的色調に傾斜した内容になっていると思う。それは収録された曲から感じられると思う。

 プロローグは、R=コルサコフの「熊蜂の飛行」。人口に膾炙(かいしゃ)した名曲を掲げ、聴き比べが容易という利点を活かし、「並みのうではないぞ」とまず認識させる。ゆえにこの曲のもつ軽やかな飛翔感より、技巧感が優先されているように思う。
 つづくラファエル・メンデスの「マカレナ」はトランペット独奏の定番曲となっている名品。演奏者がときに腕自慢的にあざとく披露しつつ、かつフィエスタの華やかな色彩感もあって演奏会でよく取り上げられる作品である。メキシコ出身のメ ンデスが持ち前の循環呼吸の超技巧を披露するために書き上げた作品である。このメンデスという名人はメキシコ大衆音楽のランドマーク、マリアッチ楽団に欠かせないトランペッターとしてプロ活動をはじめ、そのあまりにも雄弁な音色でマリアッチの枠を超えてしまった。メンデスの影響力は大きくメキシコ及びアメリカ大陸はいうにおよばずスペインにも達した。ルベンのおとうさんはメンデスのレコードを親しく聴いた世代だろう。ルベンの「マカレナ」は難易度への挑戦より、闊達で明るく祝祭的な雰囲気をとてもよく表現しているだろう。
 3曲目もまたトランペットのソリストなら誰でも取り上げる定番曲、ジャン=バティスト・アーバン(アルバン)の「《ヴェニスの謝肉祭》交響曲」。金 管楽器の教則本としてあまりにも有名な『アーバン金管教本』に収録された難易度の高い名曲である。
 以上の3曲であますところなく実力のほどを示し終えたルベンは、4曲目以降、本題に入るという編成で曲の順番が設けられているように思う。
 4曲目の「マリベル~スペイン幻想曲」は現代スペイン音楽を代表するフェレール・フェランのよく知られた作品でスペインではコンサートでよく取り上げられる。華やかさの額縁のなかに、フラメンコ艶、闘牛場の賑わい、情熱と哀歓が織り成されたスペイン的色彩で調和した作品として再三、取り上げられる。この曲を演奏していれば、さすがのルベン少年、早くおかあさんの待つ家に帰りたいと郷愁を掻き立てられるのでないだろうか。5曲目 は、Th・ホックの小品「愛の夢」。甘美さのなかに清楚さをただよわせた作品として宴の場などで演奏されるが、ルベンも抑えた演奏でよく応えている。6曲目は「コンチャ・フラメンカ」。コンチャとは「貝」のこと。表題の由来はわからない。
 7曲目「VIVA! ナバラ」はスペイン北部の民俗音楽ホタの面影の残る作品。バスク人のピアニストで作曲家であったホアキン・ラレグラの作品でピアノ曲として書かれた。ラレグラは「ツィゴイネルワイゼン」のサラサーテと親交があった人だ。邦題をつければ「ナバラ万歳!」となる。スペインからの分離独立を求める過激な運動のあった地だが、作品にもどことなく民族の困難な歴史の悲哀、それでも闊達に生き抜いてきたという民族の矜持が包みこまれ た曲だと思う。ときどき軍隊の隊列行進を思わせるフレーズが出てくるが、それは戦闘の描写であるかもしれない。ナバラでの演奏の機会が多いルベンにとっては必携曲になっているのだろう。感情表現の難しい曲だと思うが、これも無難にこなしている。
 8曲目に本アルバム中、もっとも野心的な挑戦を仕掛けたと思われる曲がある。コーカサスの小国アルメニアの現代作曲家アレクサンドル・アルチュニアンの「トランペット協奏曲」である。アルメニアは旧ソ連邦に属していた小国だが、音楽的には見落とすことのできない重要な国である。たとえば誰でも知るヘルベルト・カラヤンの先祖がアルメニア人であるが常識的には「剣の舞」のハチャトゥリアンが思い出されるだろう。アルチャニアンは 、ハチャトゥリアンを継ぐ世代である。民族音楽を取り込んだ作品を書きつづけながら、それと平行して現代的な色彩感に富んだトランペット、テューバ、あるいは金管楽器による多重奏曲を次々と書き、手薄な金管奏曲のレパートリーを豊潤にした異才である。世界中の金管奏者は彼に足を向けては寝れないだろう。
 「トランペット協奏曲」は1949年の作品でスターリン独裁時代に創られた。社会主義的な規範が音楽界を圧していた“冬の時代”だが、そんな停滞した時代の淀みを感じさせない。アルチュニアンの旋律は清涼感と高揚感があって気持ちよい。モスクワ音楽院の卒業作品だったカンタータ「祖国」がソ連邦国家賞を受賞し、その自信と意欲が硬直し窮屈な時代の風潮を無視することが できたのだろう。ルベンは、この協奏曲で自分の門出を祝い、かつ未来のかぎりない地平を眺望するような野心を、謙虚な感性のなかに包み込んで聴かせる。本アルバム中、最長で難曲でもある。
 おとうさんが作曲した最後の作品はガーシュウィン風のジャズ・ティストで、グリュサンドが際立つ小曲「マリのための幻想曲」。現在、ルベンの生まれ故郷ビゴに住む7歳年上の姉マリの明るいキャラクターにヒントを得て作られた作品ということだが、「毎晩、これだけは一吹きし、調子を確認せよ」とおとうさんが提供した“宿題曲”のようなものだ。トランペット吹きとして経験から導き出された練習課題を退屈しないように演奏できるように配慮された愛情あふれる父性愛に満ちた作品といえようか。
 録音に立ち会ったとき、私の前に、そのおとうさんが座っていた。自分で手を入れた譜面をたどりながら息子の演奏を聴いていた。それは、数小節の採録であったが、演奏が終わったとき、ルベンはおとうさんをみた。「良かったかな?」と視線がただよう。おとうさんは手を叩いてそれに応えた。緊張のなかにも、そんな親密な交流を目にしていると父子鷹、といった古い言葉を思い出す。鷹の子は早晩、親鳥から離れ空高く舞って去るのが宿命である。

 モーリス・アンドレのレッスンを受けていると先に書いたが、それは技術的な指導であるより前に、トランペッタ独奏者としての心構え、帝王学のようなものが優先されているように思う。師アンドレの敷いた道を率直にたどるとは思えないのだ。アンドレの最良はバロック音楽の優雅と沈静であると思うが、ルベンにはアルチュニアンなど新しい金管楽曲の馴致と普遍化という21世紀に出立した演奏家としての課題があると思うのだ。さらにロシアの若いトランペッター、セルゲイ・ナカリャンコフが意欲的に取り組んでいる、映像とのコラボレーションも視野に入っていると思う。
 しかし、スラブの宏大な大地が育てたセルゲイと、イベリアの太陽が育てた感性とはまったく違う。なんとはなしに次世代のトランペット音楽の演奏光景の彩が、そんな若いふたりが先行して色づけするのではないかと夢想する。 (2008年5月記)

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