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絶版文庫 Ⅰ*ジョージ・オーディッシュ著『チョウの季節』教養文庫

絶版文庫 
 ジョージ・オーディッシュ著『チョウの季節』(中村凪子・訳)教養文庫

 2002年6月に版元の社会思想社が廃業したため1951年から創刊されていた「教養文庫」はすべて新刊書店から消えた。
 岩波、新潮、角川といった老舗の文庫にはない個性的なラインアップで多くのファンがいたが、大衆的とはいえず、基礎的「教養」力のある層に支持されていたといえるだろう。雑学的科学読み物の種類も多く、今回、紹介する本もそうした一巻である。本書は、文庫化される前にハードカバーで邦訳(文化放送出版局)されたのが最初だ。初訳本は現在、入手することは至難だ。もともと出版が本業ではないところから出たもので、内容の濃さから教養文庫に救い出されたといえる。
 筆者が、本書を手にしたのはだいぶ前で、たぶん、グァテマラに滞在中、チョウの採集に励んでいた時期に一度、読んでいる。今回、再読したのは、先月、メキシコの森林に群棲するオオカバマダラ蝶を書いた際に参考としたからだ。現在、この文庫本も入手困難なので少し内容紹介したいと思った。
 オオカバマダラを別名「帝王蝶」という。名の由来はしらない。メキシコとは生活形態が異なるもののオオカバマダラの仲間が台湾の山にも群生していて、そこは蝶マニアにとっては一種の聖地でもある。「帝王蝶」はおそらく台湾から興った名だと思う。本書の著者は、米国人なので「帝王蝶」という名の由来には触れていない。

 越冬のために最長5600キロも旅するオオカバマダラのその旅の様子だけでなく、メス蝶が卵を産み付けるために適当な葉を探す段階、いや、交尾前のオスとメスの出合い前のひと時から、死に至までを批評的にいえば克明に描き出したものだ。しかし、その克明さは文学的修辞、比喩に富むリリカルなものだ。といって、科学的観察したことを逸脱する飛躍はない。科学と文学の境界線上をそれこそ自在に飛翔しながら、読者をオオカバマダラの旅に同行させてくれる。それは見事としかいいようのないもので、読者の視界は蝶の羽のうえのものとなる。
 そして、小さな蝶の生活もまた、われわれと同じように生きるために本能的に意識を重層化させるように、蝶もまた繰り返し生存本能と種族維持のための闘争の日々を送るのだ。著者はわれわれの手足の機能を語るように、小さな身体の部位を注意深く観察し、それがどのように機能してゆくのかを生のハーモニーとして描きだす。
 いわゆる昆虫記は無数にある。しかし、蝶を描いて、これだけリリカルな一書となった例は稀有なことではないだろうか。蝶に象徴させて、著書はすべての昆虫たちの生への闘いの困難さを代弁する。オオカバマダラを描いて、昆虫の生々流転そのものを象徴させているところに本書の価値がある。
 そろそろ春、暖かな日に誘われてさまざまな昆虫が地上に這いだし、舞いはじめる。その何気ない光景になんと多くの彼、彼女らの生への営みのドラマがあっただろうか、と思いいたすことを強いる本である。
 

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