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花もつ女たち №69 レオノーラ・キャリントン (画家*英国・メキシコ 1917~2011)

花もつ女たち 
 レオノーラ・キャリントン (画家*英国・メキシコ 1917~2011)
leonora_carrington.jpg

 メキシコ、古(いにしえ)のアステカ帝国。皇帝たちの憩いの森であったチャプルテペックの深い緑。ここにリスが庭の木々を走りまわる楕円形の国立近代美術館がある。そのギャラリーはフリーダ・カーロをはじめとするメキシコ女たちが描き出した、こ惑的な一群の渦が逆巻く。

 写真家、舞踊家なども含めて拙著『フリーダ・カーロ ~歌い聴いた音楽』の第2章で、カーロとは別にメキシコの女性芸術家たちを取り上げているので読んで欲しいと思うが、そこで甘美な冥界を描きつづけたレオノーラ・キャリントンを取り上げなかった。理由は英国生まれで20代のはじめにメキシコに渡り、晩年は米国ニューヨークに制作拠点を移し、そこで永眠したという事情、そして、彼女の絵からはアステカの血の匂いも、マヤの神秘もほとんど感じられない、という思いからだ。メキシコ画家としての「純粋」さにこだわりがあったからだ。
 しかし、生涯の大半をメキシコで過ごし、51歳のとき米国に一時的に移転したのも、メキシコ五輪直前にメキシコ市中でおきた流血事件への批判だったことを後日、知った。独裁的な大統領が軍に指示、学生・労働者、市民たちへの反政府活動、それはきわめた穏健なものであったが、五輪主催国の長として、“みぐるしい”反政府活動を嫌った。いまだに犠牲者の数が確定していない血の弾圧は、市中心部トラテロルコ(三文化広場)で起きた。非政治的な画家キャリントンにとって、政府にそうした行動で抗議の意思を示すのは、それなりの重い選択であったのだろう。
 今、拙著のなかでメキシコ画家として、取り込まなかったことを筆者の料簡の狭さに恥じ入っている。そのうち、それなりの分量で批評しなければいけないが、いまは書こうと思うが、いまは備忘録的にここに記すのみだ。

 メキシコ美術史を通覧してもキャリントンのような富裕層から出た才能はいないのだろう。
 18歳で英国のジョージ5世の社交界にデビューしたという彼女の出自は異例だ。生家は機織り機械の発明から財をなした資産家であった。つまり、インドなど植民地から血を吸い上げた英国資産階級から出た才能といってよい。キャリントンはそのことにあまり思い煩うということもなかったようだし、またする必要もないだろうが、画家の背景として記しておく必要はあるだろう。
 窮屈な寄宿舎暮しの学生時代をのぞけば、まぁ何不自由ない物理的に恵まれた生活のなかにあった。そこで自由奔放に個性を伸ばし、空想の世界に浸って育ち、自立した。少女のあふれる想像力はやがて絵画の世界に解放されてゆく。その初心は晩年まで尽きることはなかった。 そして、社交界へデビューしたキャリントンではあったが、彼女は男に選ばれる女にはならなかった。あえて苦難の道に進むことになる男に恋をして、メキシコまで流浪することになる。

 少女の想像力はやがて欧州世界の政治的な混沌、ナチの台頭、不条理な弾圧を恋人エルンストとの生活のなかで知る。シュルレアリストとして注目されていた画家エルンストの世界は憂鬱な気配のなかにある。時代の陰鬱な揺らぎがあるが、キャリントンのそれは現実から逃避、あるいは遊離した孤絶した世界だ。繊細な浮遊感に魅力がある世界といえるだろう。
 筆者がフリーダ・カーロと同世代のメキシコの画家として並べなかったのは、キャリントンの資質もあるだろうが批評性の希薄さに物足りなさを感じていたのかもしれない。幻想小説の挿画のようにみえてしまう絵解き図のような文学性も性に合わなかったのかも知れない。
 精神形成期における生活感の欠落、衣食住に満ち足りた香華のなかに育った少女にとって「芸術」は極私的な感興であればよかったという事情が、最晩年の作品まで尾をひいていると思う。しかし、それを初心よりの貫徹させたとみれば、その持続性、執拗さは表現者のおおいなる美点である。少女の夢想は歳月のなかで、生活のさまざまな澱すら養分に換え、それを貪欲に掌(たなごころ)のなかに熟成しながらも、メルヘンの香気を失わなかった精神の若さは脅威である。
 色相があらわにとどめられた初期作品は標高2400メートルの高地の大気のなかで、色相は解体し、固有色はいくども攪拌され微妙なグラデーションのなかで事物はみな詩的な象徴性をもつことになった。夢と現実が分水嶺の境界上で攻めぎ合う。自由と禁制、正義と不正、解放と抑制・・・20世紀後半の世界の揺らぎは人を思わぬ地まで飛ばした。ひとつの鋭い感性が、そんな時代に生きている手触りを確かめようと絵筆で検証していたキャリントン。絵は、彼女なりの極私的な日記のようなものではなかったのか。
 キャリントンの詩想は晩年まで衰えなかった。それは深い森のなかに潜む小さな泉池、濁りも秘めた水面(みずも)が鏡面となって揺らぎ刻一刻と変容する幻視の世界。生きている限り、詩人を捉えてはなさない桎梏でもある。彼女はそれに身を委ねていた。

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