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日本=スイス 国交記念、150周年・400周年  2014

日本=スイス 国交記念、150周年・400周年*2014

 今年1月日付の掲載だから昨年12月に下記のようなコラムを求めに応じて書いた。スイスとの国交樹立150周年ということで。

 150年前といえば1864年、まだ江戸幕末、新撰組が京都で勤皇の志士を暗殺したりしている物騒な世情だが、米国、英国、オランダ、ロシア、そしてフランスとは修好通商条約を6年前に調印している。スイスは当時、連邦国家として新興の意気に燃えていたらしく代表団を日本に送り出して修好通商条約を結んだ。意外と知られていない事実だ。
 スイスの前に日本と国交をもった国はいずれも軍艦に乗って日本の重い門扉を叩いたが、スイスだけは平和裏に上陸したわけである。内陸国スイスには外洋船舶など存在しないのだから・・。そして、スイスは第二次大戦中も日本との国交を絶やさなかった。
 そんなこともあってスイスに対する日本人の印象はすこぶる良いわけで、拙稿が掲載された紙面には平和スイス、観光スイス、精密機械のスイスと賞賛満載の内容だった。しかし、メキシコや中米、ラテンアメリカ諸国からみるスイスはけっして手放しで賞賛できるような国とは思えなかった。そこで、筆者は、「スイスの光、そして濃い影」と出して小さな原稿を書き、編集者の賛意を得た。下記したのは、そのコラムに大幅に手を加えたものだ。まず、読んでもらいたい。
 
 ビクトリノックス…スイス代表する企業。アーミーナイフの世界的なメーカーだ。多機能折畳み式ナイフ「ソルジャー」はたぶん世界中のバックパッカーが憧れるアイテムだろう。もっとも中国あたりのコピー製品が世界中に溢れてもいる。
 スイスの政治と経済を考えるとき筆者はいつも「ソルジャー」を思い出す。携行食糧を調理し、簡単な機械修理もできるナイフだが手の平のなかにすっぽり収まる「ソルジャー」にはナイフだけでなく幾つも金属道具が折り畳まれている。が、その気になれば人を殺傷することも可能だ。
 精密・正確な技術がなければ製作できないものだ。この技術は、スイス産業を象徴的な存在である時計を思い出させる。
 しかし、ナイフも時計もスイスの象徴的な技術であっても、スイスの「銀行」が稼ぎ出すアコギな儲けには遠く及ばない。スイス最大の産業は「銀行」である。正確にいえば個人情報を完璧に秘密保持する企業、国に守られた金融産業だ。
 居住可能地がきわめて少ない小さな山国だが、国民一人当たりのGDPは世界トップクラス。その経済力を支える資源は“他人の金”。しかも、あまりに綺麗とはいえない怪しげな金。よく金に履歴はもたないといわれるが、スイスに集まる金ほど、その比喩にふさしいものはない。
 スイスの「銀行」も、政治家も、そして市民もみな汚れた金であることを知りつつ、見てみないふりをして運用している。スイス国内でそんな金がいつまでも汚れたままでいたのでは、スイスの自然も汚される、と思ったか、汚れを落とす技術を開発する。マネーロンダリングだ。その洗浄技術は日進月歩。スイスの銀行はいつでも高性能の洗濯機を回転させるマネーロンダリングの先進国。世界最大の麻薬密売組織の拠点だった南米コロンビアのカリとメデジン麻薬密売組織の利潤の多くはスイスで洗浄されていた。伝説的な故パブロ・エスコバルはスイス 「銀行」の上得意であった。

 また途上国の独裁者が国民から搾取した金をせっせとスイスに逃避させている。フィリピンのかつての独裁者マルコス大統領の官邸にはスイスの銀行職員が常住し、国民の血税をせっせとスイスに流していた。そんな話はアジアにラテンアメリカに、そしてアフリカ諸国に嫌になるほどたくさんある。
 預金者は個人名を登録せず、銀行はあらゆる便宜を秘密裡に処理する。銀行の秘密保持はスイスの最高法である。
 最近は、生産拠点で高い税金を納めることを避ける多国籍企業や資産家たちがスイスの銀行に資産を逃避させる。タックス・ヘイブンの本拠地である。日本のハリー・ポッターの訳者がスイスの銀行をつかって税金逃れをしようとして発覚したのは記憶に新しい。

 観光ポスターに象徴されるアルプス、自然と町並みの美しさ。しかし、その景観を保っているのは貧しい国の民衆の生き血を吸った、吸いつづけた金だ。あるいはアマゾンの熱帯雨林を毀損し、カリブ沿岸 でマングローブ刈り取り、いくつもの自然の宝庫たる熱帯の峡谷をダムに沈めた開発独裁のおこぼれで、スイスの美しい景観は守られているといっても過言ではない。
 スイスには世界貿易機関、赤十字、国連の様ざまな機関が多数が設けられているが、そうした国際組織を招致しているのも曰く言い難い罪滅ぼしと思えてくる。大戦前には国際連盟本部がジュネーブにあった。これが全く機能しなくなったとき、ドイツ国内のユダヤ人の資産を預かり、戦中に多くのユダヤ人が行方不明となって、その資産はそのままスイスに滞留した。膨大な「資産」が国際機関招致の基金になったのではないかと後ろ指を指されても返す言葉もなかろう。凍結(?)されていたユダヤ人資産が人権機関などに「返還」されたのは戦後も半世紀以上も経ってからだ、それも米国の圧力であった。むろん、そのユダヤ資産を運用して巨万の利益を得ていたことは歴史的事実である。
 欧州のほぼ中央に位置し、EUの加盟条件をほぼ満すが、未加盟だ。欧州共通の税制、国際的な銀行監視、麻薬取引や投機のコントロールを強いるEUをスイスの銀行は嫌悪する。スイスでは国会議員の兼職が認められている。銀行の役職に就く議員が多い。自分の首を絞めるようなEU加盟などとんでもない話になる。

 ・・・・・・というものだ。
 さて、今年はスペイン・メキシコとの国交、というより“出会い”ということなるだろうか、それは400年前に遡るのだ。歳月の長さでいえばスイスの比ではない。日本がはじめて西欧文明と接触したのがスペインであったのだ。メキシコ、つまり当時のヌエバ・エスパーニャ副王領となるが、その副王領の太平洋沿岸都市アカプルコを出航した船にのってスペイン文化が日本に入ってきたのだ。
 関係各位はいろいろ記念イベントを計画し、最近、メキシコ音楽の夕べといったコンサートを東京オペラ・シティ劇場で聴いた。しかし、何故か目立たない。探さないと記念イベントの告知にも埋もれたままといった感じだ。早5月、もう少しスペインからの働きかけがあっても良いかなと思い、加筆した。 (2014/3記)  

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