スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

トロイメライへのスタンス*3つのクララ・シューマン映画

 過日、クララ・シューマンを『花もつ女たち』で取り上げた際、クララの評伝(とは名ばかりだが)映画を再見した。いずれも、「事実に基づくフィクション」と見るべきだが、映画が作られた当時の時代思潮がわかるという点で、やたらと音楽好きな人たちからは不評ではあっても、観衆としての真実はあるのだ。厳密な評伝など、映画という短尺のなかで語られるわけはない。それは映画における評伝へのアプローチの限界である。象徴的な批評しかできない。だから、映画の誠実さを比較する方法としてシューマンの珠玉の一編「トロイメライ」へのアプローチでみようと思う。

 これまで、クララ・シューマンを描いた映画が3本ある。いうまでもなくロバート・シューマンの妻にして同時代における前衛ともいうべき立場にあったピアニスト〉というのが今日的な評価だろう。ほとんど演奏する機会は失なわれているがピアノ曲も作曲している。
 演奏家や指揮者の生涯というのは死去すると急速に歴史の帳りのなかに押しやられ、再び光を浴びるのは大作曲家の生涯によりそって描かれる助演者の位置でしかない。現在なお語られることが多いフルトヴェングラーは例外だが、彼が語れるのはベルリン・フィルの指揮者としてナチズムとどう対峙したのかという政治と音楽(芸術)との関わりが特異であったからという事情が作用している。復刻CD化されているフルトヴェングラー指揮による作品は多くあるけれど、それもある種の郷愁、批評的な聴かれ方であって、世代交代をつづける音楽ファンによって忘却されるのかも知れない。発明されたばかりのLP録音のなかの音は今日のクリアなデジタル録音でそだった世代はそうそう愛好するとは思えないからだ。聴衆の好みはいさかかも停滞せず流れる。
 メンデルスゾーン、マーラー、あるい は大戦後のバースタインなどもまず指揮者として名を上げ、その功績によって生活が潤うのだが、今日では、指揮者活動などについて語るのは評伝作家ぐらいなもので一般の聴衆には作曲家としての興味しかないだろう。バースタインの活動の記憶がまだ鮮明だから指揮者としてのイメージがつよいが早晩、「ウエストサイド物語」の作曲者として評価が落ち着いてゆくはずだ。演奏家となるとさらに早く忘却される。演奏活動を停止した途端、世間は次々と現われる新進気鋭の才能に目を奪われてゆく。死後、まだ批評家のあいだで記憶を喚起させられる演奏家といえばグレン・グールドを除けば、そう多くあるまい。という意味では、クララ・シューマンの演奏も歴史に霧のなかでおぼろげな記憶しか与えられない位置 であるはずだった、すくなくとも一般的な音楽愛好家にとっては・・・。しかし、彼女はむろん、大変なピアニストではあったが、それも夭折したシューマンの妻であり、彼との恋愛、結婚、悲劇的な別れという文学的ドラマの渦中にあったことによって特別な位置があたえられたのだ。

 19世紀に生きたピアニストの生涯が映画に繰り返し描かれるのはクララを除いては存在しない。しかし、クララの”力”でそれが実現しているわけではない。そこにはやはりシューマンの存在がある。生前は作曲作品の豊穣に比べれば、時代に先行しすぎたため概して不遇であり、クララの名声の風下にたっていたシューマンだったといえるだろう。が、その先駆性のあった作品が、やがて時代を超えて評価されるようになったことで、そのシューマンの評伝を彩るかけがえのない存在としてのク ララが注目されたのだ。そして、映画として描かれるときシューマンを描くより、美少女の天才ピアニストであったクララを描き、恋愛映画としたほうが大衆的支持が高いのに決まっている。映画のヒットはやがてクララの名声がひとり歩きをはじめる土壌をつくる。
愛の調べ

 映画史上、はじめてクララを演じたのはキャサリン・ヘップバーンであった。その映画を『愛の調べ』という。1947年の作品で、当時まだ史実性はさして問題にされていなかった時代だ。つづいてクララを描いたのが、当時人気の頂点にあったナスターシャ・キンスキー主演、1981年、ドイツで制作された『哀愁のトロイメライ』だった。その2作でシューマンを演じた男優のことは映画史の索引に埋もれてしまった。最近作は2008年、ドイツのヘ ルマン・サンダース=ブラームス監督が撮った『クララ・シューマン』である。クララ役には知名度より演技力を重視してドイツのマルティナ・ケデックが演じた。この3作目で、クララの映画は女優より、監督の名が克った芸術作品としてはじめて提出された。前2作における監督の位置は低い。
 
 『愛の調べ』ではいい加減にせよ、というぐらい「トロイメライ」が流れる。それでウソっぽい。すでに演技派の大女優であったキャサリン・ヘップバーンが主演したということで、クララは大観衆の前でリストのピアノ協奏曲を演奏するシーンからはじまる。実際の演奏は名手ルービンシュタインだが、映画はヘップバーンの運指を大写しする。両手だけの吹き替えなしだ。そうとう練習したものと思われるが、これはなかなか潔い女優魂といえるかも知れないが、臆面もなく、ともいえそうだ。そうまだ映画に真実を切実にもとめていない40年代の作品だ。リストの難曲を弾き終えた後、当初の予定であったリストの小曲「カンパネラ」ではなく、シューマンの「トロイメライ」を弾く。ここで最初の「トロイメライ」が登場し、シューマンが精神病院で最後に弾くピアノが「トロイメライ」となる。そのあいだにも幾度も弾かれる。「トロイメライ」がかくも世界で愛聴されるようになったのは、このハリウッド版クララ映画に発しているのではないかと思う。
 キンスキー
キンスキー主演映画は、日本では『哀愁のトロイメライ』となっているが、「トロイメライ」は一回しか登場しない。ブラームス監督作品だと、シューマンが手慰みに弾いているのを聴いたひとりの男がふと、正確な台詞は忘れたが、「うん女こどもむけにはうけるだろう」とつぶやくというシーンに繋がるところで流れるに過ぎない。
 実際、シューマンがクララの類い稀な技量を知悉したうえで贈呈した作品は、「コンチェルト・アレグロ」作品134あたりであろう。
 ヘップバーンのクララは最晩年、シューマン亡き後、自分の力で亡父の形見であった子どもたちを育て上げ、亡父の作品を世に知らしめるために粉骨砕身、努力してきて満足している。きょうがその最後の演奏会というシーンで終わる。
 キンスキー主演映画は、クララの父に結婚を反対され、裁判も起こされた二人がなんとか結婚に漕ぎ付けたという二人を描いて終わる。そのふたりの表情がすこしも晴れやかではないというのが最大の批評行為として受け取れる映画だ。子沢山になった家庭、その家庭を維持するために意に沿わない仕事も引き受けざるえない日々、創作の葛藤のなかで心が病み、やがて夭折するシューマン、クララ一人に圧し掛かる家計・・・といった後半生を予感させるシーンで終わる。その意味では、もっとも美しかったキンスキーが演じたクララ映画はわたしにはもっとも暗いイメージがある。
映画 クララ 2
 ブラームス監督のクララは気丈である。逆境に抗して生きた女、というメッセージが伝わってくる。そんな映画に“哀愁のトロイメライ”など不要とばかりの扱いを意図的に施されている。第一、シューマンが弾き、たまさかそこにいた男が、そんなつぶやきを漏らしたということは監督の想像にすぎない。この映画、最初からシューマンとの結婚生活に重点を当てて描いている。けれど、この映画に対する印象はもっとも薄い。共感するところが少なかった、ということだろう。

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

上野清士

Author:上野清士
店長の最新著書

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
カレンダー
08 | 2017/09 | 10
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
FC2カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。