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原田光子さんのクララ・シューマン  ~清新な才能にめぐり合う悦び

原田光子さんのクララ・シューマン
 ~清新な才能にめぐり合う悦び

 日常、わたしは最低3冊の本をほぼ同時進行で読んでいる。うち1冊は必ず文庫か新書に決めている。電車のつり革に片手を預けて読むためである。もう一冊は、当面の仕事に必要なもので、文庫や新書がそれの関連本だったりする。そして、もう一冊は積読になっていたもの、あるいは関心が薄いが書評などで世評の高いもので、これには年二回の芥川賞や直木賞作品あたりも入っている。あるいは、たまさか観た映画に関心して、その原作を読みたくなるという感じだ。
 その最後のわたしにとっては暇読といった領域の読書時間を充実させてくれた本として、原田光子さんの『真実なる女性 クララ・シューマン』があった。長いこと書棚に放置されてあったものだが、クララの半生を描いた劇映画三作を観なおす機会があって、それに触れる文章を書く前に読んだ。その文章は仕事に関係なく備忘録として書いたようなものだから、原田さんの著書も暇読のカテゴリーに入っていた。

 A5判2段組277ページだからなかなかの長編である。読みはじめて数時間、これはちょっと襟を正して読む必要がある、と思った。少し、読み進むうちに実に丹念な仕事であることに気がついた。構成も巨視的にみて挿話の面白さである章を膨らますという俗性もなく、淡々として淀みない。かつ並みのクラシック・ファンを読者想定した、その目線の位置を維持しながら、19世紀後半のピアノ演奏芸術を文字通り牽引した女性ピアニストの生涯を誕生から死まで誠実に追っていこうという動機づけが実にしっかりしているものであることが読み取れた。
原田光子

 クララの生涯は奇跡的な充実に満たされたものである。演奏家として、ロベルト・シューマンの恋人として妻として、彼との結婚生活15年ほどのあいだにもうけた8人の子の母として。シューマンが46歳で早世した後は、精神障害をおった子の生育も含めて、家計を維持するため欧州諸国を巡業してまわるのだ。しかも、彼女は当時、演奏される機会もなかった時代を先取りした作品をひろくしらしめるという興行的には敬遠されるプログラムを組みながら遂行したのだった。そこに亡夫シューマンの遺作を継承するという強靭な意志も働いていた。
 家計が苦しくなることも再三あった。生前のシューマンに弟子入りした無名のブラームスとの友情は有名な話だ。功なり遂げたブラームスが再三、経済的な援助をクララのプライドを傷つけないように申し出るのだが、それも鄭重に拒絶しながら奮闘する老いたクララまで描き出す。そのブラームスとの交流を紐解くなかで、巷間、いまだに語られるブラームスとの恋愛という説も、反証という形で語るのではなく、その友情の実質をクララの生涯を語る叙述に埋め込むとことで、ゆたかで誠実な交友関係を賞賛してゆくのだ。まったく凛とした気配に満ちた著作である。
 
 原田さんのこの評伝は昭和16年の秋に出版されたものである。30歳の出版であった。
 そして、その文章は現在でも行間に涼やかな高原の風が吹きぬけているような若さがある。少しも古びていないことに驚く。
 『クララ』の前年に『愛国の音楽者パデレフスキー』を出し、それが処女作である。デビュー以来、ピアニスト、、ピアノ曲に大きな功績を残した作曲家の評伝を遺した。原田さん自身、ピアノ演奏家を目指して大正時代にドイツに留学した人だ。その留学生活でドイツ語を習得、帰国後、自由学園で英語も学んでいる。そんな原田は20代の後半で音楽批評家として活動をはじめ、啓蒙的な時評に見向きもせずに、最初から明確な意思をもってピアノ芸術に関する著作を上梓した。『クララ』も当時、日本にあって入手でき資料を丹念に読み漁り、自ら訳出しながら書いている。晦渋的な修飾もなく文章はあくまで平易で風通しが良い。すでに80年近く経った著作でありながら、原著の若い人でもそのまま読めるということは大変なことだ。これは、おそらく原田さんより20歳ほど年長の村岡花子さんが名訳した『赤毛のアン』がそのまま読めるような成果に等しい。
 しかし、原田さんの仕事は、戦後、幾たびか再刊されたが現在はみな絶版になっているようだ。彼女が『クララ』の後、書いたショパンやリストなどは、その後、多くの評伝などが出て乗り越えられたと思う。しかし、『クララ』に関しては本書が群を抜いた出来映えだろう。
 原田さんの仕事は3年余りに過ぎなかった。それも昭和10年代の後半、もっとも日本が混迷を深めていた時代の所産だ。食べるものも乏しい時期での心労がたたって終戦の翌年5月に死去した。享年36歳。まさに夭折であった。
 30に満たない原田さんは、老成したクララの後半生にもゆったり寄り添いながら人生の秋を描く。原田さんは結婚されているが、間もなく離婚し、お子さんもなかったようだ。クララを描くペンは若々しいが、しかし、老いを見つめる冷淡な観察眼もしっかりあるし、社会活動におけるクララの不自由な立ち位置もつきあはなしてしっかり書いている。ピアノ演奏の技術をもった原田さんにとって、より深く書きたいと思う場面も、自身の批評として書くのではなく、同時代の批評を引用することで客観性を与えている。

 本書を半分ほど読み進めた頃から、わたしは一日一章しか読み進まないことにした。愛すべき読書はゆったりと終りは遠いほうがいい。そんな思いを抱かせる本というのは実に少ない。そういう稀有な書とであった悦びとして、ここに記す。是非、再刊して欲しい一書である。 (2016年4月記)

*生前の原田さんの面影を伝える文章として故野村光一さんが書かれたものがある。
 http://blogs.yahoo.co.jp/sound78rpm2/5020551.html

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