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カンボジア映画『シアター・プノンペン』  (7月、岩波ホールで公開)

 カンボジア映画『シアター・プノンペン』 ソト・クォーリーカー監督 (7月、岩波ホールで公開)
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 20世紀を人間の愚行の歴史と語る人は多い。
 愚行とは知性の麻痺、退行現象だろう。独裁的な権力がその退行をシステム化して民衆に強いたらどうなるのか・・・・・・。デスペレートな近未来映画や小説でも、それを描くとき歴史のなかに範を求めてしまうだろう。そこでは、どこかで聞いたような話、見たような話が繰り返されているだけだ。しかし、生身の人間、今その時まで平穏に暮らしていた人びとが、ある日、突然、家族の歴史から遊離され、いきなり自由をうばわれてしまったら、しかも、国単位、民族単位でそういうことが起こったらどうなるのか? そういうことがカンボジアで起きた。
 地獄の現場は国境という壁に守られ、知性の豊かな人から真っ先に殺されていった。その知性を抹殺する先兵は、学業を剥奪された子どもたちであった。
 
 1975年、カンボジアで親中国派の武装勢力クメール・ルージュが首都プノンペンを制圧、ポル・ポト政権が樹立された。その時から〈死〉が支配する国となる。79年、ベトナム軍の侵攻によってポル・ポト独裁が崩壊するまでの約4年間に300万の人が殺された。死と生をわかつ基準は、知的であることが無形の邪悪な資産とみなされ、富裕層とみなされ反人民的として裁断されたのだ。
 あらゆる教育者、ジャーナリスト、画家、作家、音楽家、俳優、舞踏家・・・およそ知的労働に携わってきた人たちを根こそぎ排除するという方針のもとに処刑されたのだ。そして、死体は田や畑の肥やしになるとして放置されたまま腐敗した。
 処刑は人間に留まらなかった。焚書に留まらず、あらゆる楽器が破壊され、映画のフィルムは撮影機材などともに破棄され、貨幣は紙くずとなった。都市は無人化され、廃墟となった。
 本作を観て、はじめてポル・ポト政権以前、カンボジアで300本以上の映画が制作されていたことをしった。そして、現在、残存している作品はわずか30本ほどだという。歴史的事実はあるが、それを資料として使えない映画史をもつことになってしまったのがカンボジアであった。

 『シアター・プノンペン』というタイトルに象徴されているように、ポル・ポト時代の惨劇を「映画」に象徴させ、そして現在、外資を積極的に導入し経済の再興から発展への道を歩みはじめたカンボジア。ネオンサインが輝く現在のプノンペンの夜景が映し出されるが、その繁栄の下で、まだ多くの国民に深い傷を残していることを「映画」を通して物語る。主題は、「和解」だ。
 残酷な内戦を生き抜き、生き残った人びとは、かつて〈敵〉であった者と共存して暮らしていかなかればならない。ポル・ポト時代に内戦下にあった国は多いし、それ以後も各地で血なまぐさい殺し合いがあちこちで起きている。現にシリアで、アフリカ各地で。内戦後の「和解」の問題は、心の戦争でもある。そういうことを本作は実に素朴な手法で提示している。

 ポル・ポト時代の恐怖は、世界的にヒットした映画『キリング・フィールド』(1984・英国)によってイメージ化されたところが大きいと思う。筆者自身、『キリング~』を出張先の甲府市の映画館でみたことを記憶しているぐらいだから、いかに印象の深い映画であったかが分かる。
 その映画でポル・ポトの強制収容所に拘束されるカンボジア人役を、米国に亡命したカンボジア人男性が演じ、オスカーの助演男優賞を獲得している。しかし、ポル・ポト独裁から解放されたカンボジアには映画づくりのための機材はおろか人材も枯渇していた。ノーハウそのものが消えた。
 再興はフランスに亡命していた映画人がドキュメントを撮ることではじまった。その1本が2013年に制作された『消えた画 クメール・ルージュの真実』(リティ・バニュ監督)だった。この映画は日本でも公開されたが、その真摯な視点を解釈できる観客は少数だった。その前に日本未公開の劇映画『Lost Loves』が制作されている。ポル・ポト時代を生き抜いた一家族の物語だ。
 そして本作『シアター・プノンペン』もまたポル・ポト軍に逮捕され、強制収容所を生き延びた母と、ポル・ポトの兵士であった父とのあいだに生をうけたソポン(マー・リネット)を主人公とする家族の物語だ。表題は、その母(ディ・サヴェット)が若い頃に主演した未完のフィルムが奇跡的に残っていた映画館の名である。母の若かりし頃もマー・リネットが演じている。
 荒廃した映画館はバイクの駐車場になっていた。ある夜、その映画館のスクリーンに映画が映しだされるのをソポンは偶然みる。どうして映写機が無傷であったのか、フィルムが残存できたのか、といった疑問もあるが、それは不問としよう。その映写機を操作する中年男はかつて女優の母に恋心を抱いていた俳優のひとりだった。そうした複雑な人間模様が過去と現 代を行きつ戻りつしながら「和解」へと紡がれる。

 劇中映画として、ポル・ポト以前の映画をみせることで、非業の死を遂げたカンボジア映画人へのオマージュとしている。エンドロールでポル・ポト時代に消息を絶った、かつての人気俳優たち、監督たちの顔写真を走馬灯のように写し出してゆく。筆者はその黄ばんだ写真のつらなりをみているときに熱い共感がこみ上げてきた。
 映画の本編それ自体は主題が先行した凡庸な作品である。技術的にも未熟だし、旧作の未完部分を補って完成させようという大学生たちの善意や、その撮影光景もウソっぽい。あら探しをはじめたら切りがない。けれど、あの時代をともかく呑み込み反芻しないことには、この国の表現活動ははじまらないのだ、と映画は訴えていた。
 いま、カンボジア人自身が心のなかの、あるいは国民的記憶としての負の歴史を見つめ、ときに傷を晒しながら表現できる時をともかく迎えているのだという事実を尊重したいと思った。

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