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署名アラカルト №12 久保田一竹

愛好讃美風溺愛型  久保田一竹
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 平成15年4月、85歳で亡くなった戦後昭和・平成を代表する染織家・久保田一竹さんは実にパワフルな行動家であった。染織界に充足することなく領海を超えることを意識化した久保田さんは、必然的に公的な頻出度が高かった。むろん、創作した一連の「一竹辻が花」に対する絶大的な人気がそれを後押ししただろう。
 没後すでに13年経つが、その人気は現在も持続しているように思える。
 室町時代に最盛を迎え、ある時期、忽然と作られなくなって技術も途絶した「辻が花」を戦後昭和の時代に再興しただけでも、それは賞賛されることだが、その技術の再生を久保田さんは伝統の枠内の小事件として留めることなく、その成功を機に「和装」文化の改革という領域まで踏み込みはじめた。それは先駆的な実験性あふれる行為だった。だから、久保田さん自身、積極的に自ら広告塔になって公の場に出て行った。海外への公事も多かった。「辻が花」を展示するイベントは繰り返し行なわれ、その会場にも顔をみせていた。そうした場で描かれた図録への署名が実に多い。筆者の手元に流れ着き、そして送り出した、そうした署名図録はゆうに20冊は超えると思う。
 そして、そのいずれもが中扉見開き余白いっぱいに金また銀メタル色での、竹を簡略に象徴化し、みずからの「一竹」の竹に見立てるという署名(図)であった。黒ではなく金ないし銀色を選ばれたのは、図録という特殊性だと思う。中扉または見返しの色、紙質が通常の単行本より紙厚があり、色も多用であるからだ。
 それはすでに手馴れたもので、いずれも流麗で停滞のない筆の運びである。これを受け取ったファンは実にありがたい思いを抱いただろう。「和装」文化におおきな波動をあたえたいと思っていた久保田さんは、署名ひとつも考慮した。時間は掛けられないが、しかし、「心」は伝えようとした結果、「竹」図をあしらった署名となっていったのだろう。
 染織をなりわりとした人で、これだけ多くの署名本を残し人は久保田さんをいて存在しないし、その目立たずカウントもされない記録は今後も容易なことでは破られることはないだろう。それほど多くの「竹」図署名本は巷間にあふれている。

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