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アルゼンチン映画『エルヴィス、我が心の歌』アルマンド・ボー監督

アルゼンチン映画『エルヴィス、我が心の歌』アルマンド・ボー監督
  *5月28日、東京ユーロスペース公開。
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 日本ではラテンアメリカ音楽はメインストリートにはなりにくい。言語的に遠隔感があって愛好者はたくさん存在していても主流にはなれない。だから正確な情報も共通理解とはなっていない。アルゼンチン音楽の主流はあくまでタンゴであり、メキシコ音楽ならトリオ音楽だと思っている人はいまだに多い。キューバなら映画の『ブエノビスタ・ソシァルクラブ』の影響から出ていない人も多いかもしれない。
 昨年もトリオ・ロス・パンチョスのSP時代の復刻CDの批評など書かされたが、そこでも現在のメキシコでは新しい生命を吹き込むことを久しく忘れた音楽と明記しておいたが、それを目にした人も少ないだろう。タンゴもまたそうである。アルゼンチン音楽の重要な要素であるが、日本で語られるほどリアリティのある現代音楽ではない。アルゼンチンの長い軍政時代、若者の息抜きとなってもっとも充実していたのはロックだ。チャーリー・ガルシア、フット・バエスなどは現在でもロック・エスパニョーラの歴史のなかで大きなスペースをもって語られる存在だ。・・・と書いてくれば、ここで紹介するアルゼンチン映画の『エルヴィス』が誰を象徴しているか了解できるだろう。そう、エルヴィス・プレスリーである。

 彼の歌に惚れ、彼の歌を身振り手振りコピーし、むろん衣裳も、そして声質も合わせて歌いつづけるしがない中年工員のうらぶれた話だ。そして、よくこなれた人生の哀歓ともいえるし、やさぐれた感じもあっても妙に説得力のある映画となっている。監督はとみればメキシコの才人アルハンドロ・G・イニャリトゥ監督作品にシナリオ・ライターとして、あの緻密なドラマづくりに参加していたアルマンド・ポーがはじめてメガフォンを撮った作品であった。

 主演エルヴィス(=カルロス・グティエレス)を演じるジョン・マキナニーは実際にブエノス・アイレスでエルヴィスの声帯模写でしられた、日本で言えば寄席芸人で、これが初の映画主演となったそうだ。だから、そのステージ上のエルヴィス歌唱は堂にいっているし思わず聴き惚れるほどだ。しかし、それはエルヴィス人気があってはじめて実現している見世物であって、歌手としてのカルロスなどは無視される。
 若いときは、それなりに歌手としての野心、野望といった意欲もあっただろう。しかし、アイディンティティを抑え込んだ物まね芸に没入していくほど、歌手としてのカルロスの存在は消えていってしまう。いつまでも寄席芸から浮かび上がれず、やがて工員として生活の資を稼ぐ、社会保障もままならぬ低賃金労働者。エルヴィスに感化するほど自己を失っていくカルロス。そんな生活のなかで、やがてカルロスもエルヴィスが心臓麻痺のため死去した年齢42歳を迎え、その日が近づいていくことを認識せざるえない。

 カルロスは、その日をひそかに待っていた。準備していたといってもいいし、それが生きがいともなってもいたようだ。
 はじめての長旅に出る。行き先は米国メンフィスのエルヴィスの自宅グレースランド。エルヴィス終焉の地だ。カルロスはそこで自己完結しようとする・・・・。
こういう話はたぶん世界各地に実在していると思う。そして、そんな“事件”は酔狂な不幸として、ちょっと話題となり、やがてニュースの波に埋没してしまう。しかし、そういうことは確かに存在する。そういう人間実存の不可思議さをどこかで肯定しないと、おそらくこの人間世界を理解する糸口にも立てないのだろう。

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