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フランス在住のトルコ女性監督のデビュー映画『素足の季節』

イスラムの負の部分の強調が気になる映画『素足の季節』  *6月11日、東京地区公開
素足の季節B 
 イスラム教徒の国で(旧ソ連邦からの独立した中央アジアのイスラム諸国を除いて)、民族英雄ムスタファ・ケマルの革命以来、もっとも世俗化が進んだといわれるトルコの複雑な現況を5人の少女の目から見つめた映画だ。5人姉妹たちの青春の“光と影”にトルコ独特の宗教的世俗と因習、自由と桎梏が丁重に描かれた苦い“若草物語”だ。

 先年、トルコの宗教都市コンヤから来日したイスラム神秘主義スーフィズム教団による旋回舞踊、舞踊そのものが宗教的行為となっているものだが、同心円で旋回しながら神との対話、融合への体感、愉悦する祈りの儀式をみたことがある。トルコ近代化の父ケマルは、政治から宗教性を排除したが、ソ連政府のように弾圧したわけではない。近年、経済問題や周辺国の騒乱などの影響を受ける形でイスラム原理主義の台頭がトルコでも起こった。
 しかし、EU入りを目指していることでも知られるように西欧化への意思は国是のようなところにある。国土の大半がアジアにありながらEU入りを目指し、サッカーW杯ではEU枠で予選を戦っている。

 映画の舞台はトルコが欧州に開く国際都市イスタンブールから1000キロ東方、つまりアジア部に深く入り込んだ黒海沿岸の村。5人姉妹はみな女子中高校(?)に通い青春を謳歌していた。映画はそんな彼女たちが放課後、海に出て制服のまま男たちと放埓に戯れる。まぁ欧米映画ではよくあるシーンだ。その光輝く夏の午後からはじまる。
 少女たちの両親は理由は明らかにされないが亡くなっていて、その村の叔父一家に引き取られていた。その叔父の知り合いの中年女性が、少女たちの沿岸での「不道徳」な振る舞いをチクる。叔父は、「売春婦の真似はゆるせない」と激怒、少女たちを家に軟禁してしまう。ハリウッド映画がいきなりタリバン支配下のアフガニスタン女性を描いたようなものになる。学業は中断され、衣服の類いも一方的に制限される。
 軟禁状態になってから、姉妹の個性が出てくる。イスラム女性のしきたりを、それぞれの熱度で受け入れて姉妹たち。しかし、13歳の末娘ラーレは、宗教・思想の言葉ではなく、感覚的にそんな姉妹たちの選択に批判と抵抗を試みる。そして、その結論として家出、学校時代の恩師が住むイスタンブールで単身、逃避してゆく。そう、映画はこのラーレの視点で語られてゆく。

 監督のデニズ・ガムゼ・エルギュヴェンはトルコで生まれ、フランスに留学して映画制作を学んだ才能だ。本作が長編デビュー作。おそらく、少女ラーレに託して、監督はトルコの女性たちに「自由」、自我の獲得を願ったに違いない。これ一作でも残したいというつよい思いが伝わってくる一方、表面的イスラムの負の部分が強調されているようにも思える。冒頭の光が、いきなり暗転してゆく様にも作り物めいている。まず結論ありきのところで逆算的に語っているシナリオだ。否定的に描くのは監督の批評だから否定はしない。しかし、現在の私には、こうしか描けないという思いが伝わってこない。その辺りが脆弱だと思う。
 本作がカンヌ映画祭で賞賛されるなど非イスラム諸国の大小の映画祭での評価は高いが、イスラム諸国では国民の約半数が世俗化したイスラム教徒の国ボスニア・ヘルチェゴビナの映画祭での評価ぐらいしか見当たらない。この辺りはきちんとみていかねばならないと思う。日本の批評人がカンヌ辺りの評価の後追いする必要はまったくないのだから。

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