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作曲家ヴェーベルンの横死と映画『第三の男』

作曲家ヴェーベルンの横死と映画『第三の男』
第三の男

 今更、1940年代の映画『第三の男』、ほぼ映画史において不動の位置を占める作品について書いても、いったいどれくらいの人が関心をもつのか心もとないが、再見すると言いたいことが出てくる。
 サスペンス映画の名作ともいわれるが、それには異論がある。サスペンス様式にのって描かれた人間存在の不可思議を光と影のコントラスのなかで描いた作品というのが正しい観方だろう。
 撮影は1949年、戦塵いまだくすぶっているような古都ウィーン。物語の設定は終戦からさほど月日をおいていない連合国分割支配下。ヒトラー・ドイツと運命をともにしたウィーン市民の生活は敗戦直後の日本の都市生活者の苦難に匹敵しただろう。ただし、当時の中東欧諸国は冷酷な国際政治に翻弄され、心ならずソ連の横暴を受け入れる。ソ連が、日本占領に関与しなかったのは不幸中の幸いであった。

 映画は、分割統治下という権力の中枢を失ったウィーンの無法状況、混乱に乗じて蔓延る犯罪を指弾する、という側面がある。当時、貴重品であったペニシリンを不法に仕入れ、水で薄めて売りさばき暴利をむさぼっていた男ハリー・ライム(オーソン・ウェルズ)の悪徳が、かつて親友であった作家ホリー・マーチンス(ジョゼフ・コットン)の目で暴かれていくという筋書きだ。この二人のあいだに、偽造パスポートでウィーンに寄留している美女アンナ(アリダ・ヴァリ)が立つ。ハリーの犯罪は、粗悪なペニシリンのために死ぬ者、生涯、病床に横たわることになる多くの犠牲者を出した。ハリーはそれを知ってなお、罪を犯すことを止めなかった。しかし、そうしたハリーの心の闇をどれだけ映画は抉っているかといえば、それはまったく皮相的だ。それだけみるなら駄作である。
 戦争によって価値観が転倒し、価値紊乱者になったものは確かに少なくない。生命が軽んじられる時代をその真っ只中で生きた人間に起きる病いでもある。映画ではなにも暗示されていないが(その点でも本作は凡庸である)、ハリーは時代の病者だろう。そんな“極悪人”の男を愛しているアンナに、マーチンスも心を奪われてしまう。最後のアノ墓地のシーン、映画史上でも記録的な長まわしは、死んだハリーへのアンナの思いの強さ、そんなアンナをまだ諦めきれないマーチンスの片思いを雄弁な無言劇として象徴する。理屈では動けない人間精神の不可思議さがウィーンの冬色のなかに描かれる。
 ハリーは自分の犯罪を隠すのでなく、自分のなかに宿ってしまったニヒリズムを、「ボルジア家支配のイタリアでの30年間は戦争、テロ、殺人、流血に満ちていたが、結局はミケランジェロ、ダヴィンチ、ルネサンスを生んだ。スイスの同胞愛、そして500年の平和と民主主義はいったい何をもたらした? 鳩時計だよ」と吐き出す。これはシナリオになかった台詞でオーソン・ウェルズの撮影現場での提案であったという。この台詞が、モノクローム映画のお手本といわれた卓抜なライティングで作り出された光と影の極美に生きた。若くして、『第三の男』以上の秀作『市民ケーン』を監督・主演した後の才能が語る台詞にふさわしい。オーソン・ウェルズは『第三の男』への主演以来を当初、断ったという。シナリオを一読した彼が、行間に深みのないドラマにやる気を覚えなかったと思えるが、結果として主演して映画に深さをもたらした。

 墓地の回廊でフェールドアウトした映画のその後・・・マーチンスは米国に帰国して、大衆娯楽小説を書きつづけて凡庸に暮しただろう。しかし、偽造パスポートで生活するアンナの行く道は平坦ではありえない。すでに、中東欧諸国の政治はソ連支配の基盤づくりが着々と進み、政治的粛正がはじまっていた。独裁体制をきらう人たちは越境をはじめていた。アンナはハンガリーからの出てきた難民らしい、と映画でも暗示される。映画の批評ではそのあたりはまったく無視するが、意識的な亡命者が権力の空白地帯の大都市の闇に隠れようとするのは生き延びる知恵だ。そんな、よるべきなき女がハリーと終戦のどさくさで出逢った。それも説明されないが、そこにひとつの詩があっただろう。
 
 映画『第三の男』を有名にした要素にアントン・カラスのツィターがあった。親しみやすいメロディと心地よい響きは映画から自立してヒットし、いまでは懐かしの映画音楽の定番となった。その音楽については少し書いておきたい。
 占領軍から流れる闇物資で稼ぐやくざ稼業は日本でも行なわれた。医薬品はどこでも高値で闇取引された。ハリーはそんな闇取引の主導的役割をになっていた確信犯であったから、連合軍各国の憲兵たちに追及されていた。
Anton_webern.jpg
 1945年9月15日夜、戦後音楽におおきな影響を与えた新ウィーン楽派のアントン・ヴェーベルンが闇取引を取り締まるために出動した米兵によって射殺されてしまう。たまさか警戒地域に住んでいたウェーベルが、一服しようと家の玄関前でタバコに火を点けた、その火が闇取り引きの合図と誤解され標的となった。まったくの犬死だ。
 ウェーベルンはナチズムによって「退廃音楽」と烙印を捺され、ナチ占領下のオーストリアにあって、出版社の校閲などしてやっと食いつないでいた。そんな生活から解放されると、作曲家に笑顔を戻りかけた 、その直後に殺されたのだ。
 『第三の男』が撮影された頃、ウェーベルンの死はウィーンでは周知の事実であったから、もし監督のキャロル・リードに現代音楽に対する理解があれば、アントン・カラスのチターより、ウェーベルンの弦楽曲を採用したと思う。廃墟の闇にはチターの爪弾きより、はるかに効果的であったし、より時代を象徴させることはできたに違いない。そのカラスの家系はハンガリーにある。当時、ウィーンの居酒屋の演奏家として活動しているときにキャロル・リード監督に抜擢されたのだ。カラスではすでにウィーンで妻子を養っている生活人としてオーストリア国籍をもっていたわけだが、ハプスブルグ家の領土ではハンガリーは引き裂かれるようにソ連圏に呑み込まれた。アンナとカラスの位置は対比的であって、その明度がカラスのツィターを軽やかにしている。でも、この映画の悲劇にカラスのツィターはふさわしかったか、筆者ははなはだ疑問をおぼえる。
 *1986年、ドイツで誤殺シーンからはじまる映画『アントン・ヴェーベルンの死』が制作されていることを追記しておきた。

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