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米国、“赤狩り”時代に報道の自由を守り抜いた男を描く映画『グッドナイト&グッドラック』

米国、“赤狩り”時代に報道の自由を守り抜いた男を描く映画『グッドナイト&グッドラック』
  ~ジョージ・クルーニー出演・脚本・監督 2005
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 先日、7月公開映画『トランボ』について書いているとき、2005年の旧作『グッドナイト&グッドラック』を思い出したので忘れないうちに、この機会を利用して書いておこうと思った。
 1950年代、冷戦下の米国で起きた狂気じみたマッカーシズム。人権弾圧、表現活動への圧迫が、愛国主義の名の下に「正義」として“赤狩り”が行なわれた。そのなかで敢然と、醒めた目で闘った一人が映画『ローマの休日』など、いまではハリウッドの古典となった幾多の名作のシナリオを書いたダルトン・トランボであり、映画『グッドナイト&グッドラック』の主人公エド・マロー(デヴィッド・ストラザーン)であった。
 トランボに比べるとマローの日本での知名度はほとんどない。CBSテレビの看板ニュースキャスターとして、人気番組『シー・イット・ナウ』をもっていたが、現在のインターネット時代のようにリアルタイムで米国のTV番組を観ることは不可能だったから、知られていないのは当然だ。米国では“放送ジャーナリズムの父”として名を遺す才能であったとしても。
 ジョージ・クルーニーが長年、温めていたテーマであったらしく、脚本を書き、出演もし監督も兼ねた。クルー二ーは、マローの不退転の立場をサポートするディレクター役で登場する。『トランボ』では描かれなかったマッカーシー上院議員が本作ではニュースフィルムのなかでしばしば登場する。それらはみなモノクローム映像ということもあってか、本作もそうした記録フィルムとの同化、同時代性の雰囲気を醸し出すためモノクロームとなっている。マッカーシー議員が映画のCBSスタジオのTVに映し出され、リアルタイムの物語として描かれる演出はクルーニーのしたたかな才能だろう。
 演出も抑え目で、マローを英雄的に描くことなどしていないし、当時のルーチングワークのなかで淡々とことが運ばれてゆく中で、陰に日向に、当時の狂信的な世論が、マローと、その仕事仲間を圧迫してゆく沈うつな雰囲気が描かれる。
 マローが淡々と読み上げる原稿は、それ自体、マッカーシー議員に対する批判であり、抵抗であり、明日には自分の首も飛ぶかもしれないという状況のなかでのヒロイックな行為でもある。しかし、映画はそのあたり声高く描かない。番組の終り、マローはいつでも素っ気なく、「グッドナイト&グッドラック」と簡単な挨拶を視聴者に送っていた。それが本作タイトルの由来だ。

 平常心で権力悪と闘う・・・・そういうジャーナリスト、そんなジャーナリストを支えるスタッフ、マスコミ企業の存在はいつの時代は必要だろう。TV界におけるニュースキャスターの影響力は米国では、日本と比較にならないぐらい大きい。それは、こうしたマローたち先駆者たちが開拓した職能的ブランドの高さゆえだろう。クルーニーの映画のなかではもっとも地味な映画だと思うが、『トランボ』の傍系資料として観て欲しい作品だ。

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