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山本容子のメキシコ旅行  フリーダ、そしてディエゴ・リベラの愛

 ディエゴ・リベラ後期の代表的な壁画『日曜日の午後はアラメダ公園における夢』の一隅に山本さん、夫さんと腕を繋いで入り込んでビバ・ラ・ビダと詠っているような絵である。表紙を開くと、そこは山本ワールドのメキシコ版が展開する仕組みになっていてディエゴ・リベラやフリーダ、オロスコ、カラベラ(骸骨)、フーダ(紙製の人形)などメキシコ文物への手触りの共感から生まれた絵が贅沢な目次として展開してゆく。
 山本容子さんは銅版画、エッチング作家である。1952年生まれ、筆者とほぼ同世代、生地もぼくの本籍のあるさいたま市(旧浦和市)ということでなんとなしに気にかかる存在だった。
 その山本さんの1992年のお仕事に画文集『ルーカス・クラナッハの飼い主のメキシコ旅行』というのがある。ルーカス・クラナッハとはカノ有名な北方ルネサンスを代表する美術史上のマイスターではなく山本さんの愛猫の名である。今回はこの画文集を素材に語ろうと思う。
 山本さんの自己表現はエッチングの世界にある。絵具や墨を画布や和紙に直接、対峙し下ろす作品とはちがって版画は複製を前提とする表現だが、これを第一義の自己表現の手段とした現代の作家はなんとなくおしゃべりという印象がぼくにはある。おしゃべりで語弊があるなら、言語表現も豊かだと言い換えてもいい。
 横尾忠則、池田満寿夫といった才能などはその極北であって、池田は小説を書いて芥川賞まで獲ってしまった。そうそう芥川賞といえば、版画家とはいえないが赤瀬川源平も、尾辻克彦の筆名で受賞している。山本さんのお仕事も「文章」は二義的なものではなく、絵に並列する重要な自己表現手段であることはまちがいない。『メキシコ旅行』はその代表的な一書であって、これが素敵な手づくりの味わいのある木工細工の小箱という感じがする。
 画家のメキシコ旅行であるし、女性である、これはもうフリーダ・カーロの視線の下に自ら赴くということであり、小さなフリーダの視線から巨漢ディエゴ・リベラの人となり芸術を語るという仕儀になる。その辺りは予定調和なのだが、たぐい稀な感性と筆をもった山本さんは文章と絵で手づくりのメキシコ旅行を織り上げてゆく。
 まず表紙の絵がいい。
 ディエゴ・リベラ後期の代表的な壁画『日曜日の午後はアラメダ公園における夢』の一隅に山本さん、夫さんと腕を繋いで入り込んでビバ・ラ・ビダと詠っているような絵である。表紙を開くと、そこは山本ワールドのメキシコ版が展開する仕組みになっていてディエゴ・リベラやフリーダ、オロスコ、カラベラ(骸骨)、フーダ(紙製の人形)などメキシコ文物への手触りの共感から生まれた絵が贅沢な目次として展開してゆく。マリアッチとのブラスではなく、なんとなくメキシコ南部の山間に流れるマリンバの調べでエッセイに誘われるという趣きだ。
 その幾編かのエッセイもそれぞれ小さな挿画とコラボレしているわけだから散文詩画集という気配。その一章「壁画」と題されたエッセイは、大作『日曜日の午後は~』への所感を綴ったものだが、その一片の解釈に、ぼくは、「ああそうか、いわれてみれば確かにそうであるに違いない」と妙に納得させられてしまったのだ。
 ご存知のように、『日曜日の午後は~』はディエゴのメキシコに対する讃歌であり、自己認識によるメキシコ史の肯定作業であり、メキシコ列伝でもある。『夢』とは、けっして現実には起こりえない、ありえない〈事実〉を絵の想像力によって時空を超え、超現実主義的に実現しようとしたディエゴの畢生の大作でもある。それはたぶんゴーギャンの最晩年の大作であり、もっとも心血を注いだ『我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへいくのか』に通底する何かがある。ゴーギャンのそれには社会批評性はなく、人間存在そのものありようを象徴させる試みであったが、ディエゴのそれは当時のメキシコ社会にあった健康的な民族主義の華やぎがあり、より生への賞賛がある。
 ぼくは日曜日の午後に、よくアラメダ公園を散策していた。独りのときもあれば、子どもの手を引いていくこともあった。日本から来た友人の案内で歩いたこともあるし、ベンチでランチを広げたこともある。土曜日ではなく日曜日の午後、というのはぼくにはなんとはなしに寂しい気分にさせもする時刻である。急ぎ足でやってくる夕暮れの気配を感じれば、そこはまた労働の日々が待つ月曜日の領域なのである。壁画でいうなら、『夢』のなかで集まったメキシコ史上の紳士淑女たちもやがて黄泉の国に帰っていかねばならい時刻なのである。リベラはそんな日曜日の午後を描いているのだと思っている。一見すれば一期一会、記念にと集合写真を撮ろうと肩擦りあわせるような喧騒の気配がある。しかし、その喧騒はとてもおだやかなもので、それぞれの歴史上の人物たちは、やれることはやってしまい修正はいささかも利かない諦観の人なのだ。もう敵も味方もないのである。にぎにぎしい宴がおわり、「では別れの前にひとつ記念写真でも」といった感じがするのだ。ぼくは『日曜の午後は~』をそのように解釈し、いつも全体把握でそのように感じてきた。ところが山本さんは、ディエゴが自身の自画像を「少年」の背丈で描き、その片手を妻フリーダに預けた画家の真意に耳を傾けている。
 「この少年ディエゴと成人のフリーダを見て、それまで考えもしなかったことに気づいた。ガマガエル(ディエゴのこと=上野)が少年時代の自分の姿を描いたのは、子供を産めなかったフリーダのために、フリーダの子供として自分を描いたんだ、と。ガマガエルのフリーダへの愛情を改めて思い知らされるような気がした。」
 フリーダの自画像、42歳のときの作品に「愛は抱く、宇宙、大地(メキシコ)、私、ディエゴ、そしてセニョール・ソロツイ」がある。セニョール・ソロツイとは「死の国を守る犬」。その絵のなかのディエゴは真っ裸で幼児のようにフリーダに抱かれている。といって抱かれるディエゴは赤子でもなく少年でもない、成人のディエゴである。フリーダはいくつもの自画像のなかで、自分の額にディエゴを描いている。それはまるで、「私はいつもディエゴに支配されているのよ」とも、「私の思いはいつもディエゴに捧げられている」とも主張しているようだ。
 フリーダ=ディエゴ・リベラの愛はすでに神話化されたが、評伝では切り取れないふたりの愛の交流は考えている以上に熱く、ときに理不尽なほど燃焼し、それでも燃え尽きない心の交流があったのだろうと思った。そんなことを山本さんの文章を読んであらためて思った。    

テーマ : 絵画
ジャンル : 学問・文化・芸術

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