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花もつ女たち №71  ナタリア・ゴンチャロワ (舞台美術家・画家 ロシア・フランス  1881~1962)

花もつ女たち №71
 ナタリア・ゴンチャロワ (舞台美術家・画家 ロシア・フランス  1881~1962)
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 ロシア革命の黎明期から革命政権の樹立、そして独裁者スターリンによる苛烈きわまりない粛清までの疾風怒濤のスラブの大地にロシア・アヴァンギャルドという紅蓮の溶鉱炉がそそり立ち、そこから前衛の鋼が幾多も輩出した。そして、その鋼の矛先は国境を超え、時代を超えておおきな影響を与えた。
 
 絵画、彫刻、音楽、バレエ、詩、演劇、建築、映画などあらゆるジャンルと連動した。そこには才能にあふれた「革命」に共感する多くの女性アーティストたちの渦もあって、それぞれ刺激な活動に携わってゆく。なかでもナタリアの仕事はひときわ輝いている。
 時代の波濤に乗っていた1900~20 年代の仕事にナタリアの充実をみる。ロシア近代美術の序章に大きな痕跡を遺すロシア移動派やロシア・ロマン派たちの影響の下に筆をもったナタリアの初期作品に、ロシア農民、民衆の生活に取材した民衆画の素朴な味わいがあるのは、スラブ大地への共感でもあっただろう。しかし、時代は個々の感性を揺さぶりつづける。ナタリアも未来へと向かう悪路を疾走しはじめる。
 ロシア美術史に短いが確かな足取りを遺すアヴァンギャルドの先頭に立つことになる。ナタリアがモスクワ美術学校在学中に描かれた作品ははやくもロシアの新潮流を象徴するものとして国境を超えている。
 ロシア・アヴァンギャルドに担った才能の多くは表現領域を軽々と飛翔し、ことなるジャンルとの融合に積極的だった。そうした時代に稀代の興行師、ニジンスキーやアンナ・パブロワを擁したロシア・バレエ団(バレエ・リュス)の創設者ディアギレフが存在した。
 ナタリアはバレエ団の野心的なオペラ『金鶏』(リムスキー=コルサコフ)の舞台美術いっさいを担当することになる。その初演の地パリに飛ぶ。そして、ナタリアは二度と故郷スラブの大地に誕生した赤色独裁国家に戻ることはなかった。
 『金鶏』の原作者プーシキン。ナタリアの大叔母ナターリアはプーシキンの妻であった。
 
 ナタリアはフランスに帰化し、パリに客死した。ロシア民衆への愛慕によって開花したナタリアの才能だったが、革命ロシアに疎まれる。いま、こうしてナタリアのことを記すのは、ロシア・バレエ団の芸術が音楽と舞踊に特化して語られ過ぎていると思うからだ。しかし、あの時代に先行してピカソやシャネルたちを瞠目させたロシア・バレエ団の芸術の多くは、まったく新しい舞踊、音楽に拮抗する力をもった舞台美術も必要とした。舞台美術の既成概念を覆すあらたな表現を必要としたのだ。そこのナタリアの才能があったことを忘れてはいけないと思うからだ。

 余談だが、ナタリアの絵は女性作家として破格の価値がつけられている。2007年のクリスティーズのロンドン・オークションで『リンゴ摘み』が490万ポンド、2010年の同オークションでは約640万ポンドで落札されている。
 

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