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メキシコ音楽話題③ リラ・ダウンズ、オアハカ先住民学生に奨学金

リラ・ダウンズ、オアハカ先住民学生に奨学金
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 風土が人の風貌を創るといわれる。
 最近、メキシコのオピニオン紙『エル・ウニベニサル』に掲載された歌手リラ・ダウンズの大きな肖像写真をみて、ますます母方の血筋に近い風貌になっていると思った。有り体にいえば大地に根ざした先住民女性の輝きだ。メキシコ映画黄金時代の女優の面影さえ、そこにあった。
 リラの母はオアハカ山間部の村で生まれ育ち、そこで亡くなった先住民。父親は米国の少壮の人類学者、その地をフィードワークしていた時に先住民少女の黒髪を見初め、熱愛、そのふたりのあいだに生を受けたのがリラ。正式に結婚してかどうかは分からない。やがてリラが就学期になった頃、父は帰国することとなり、妻と別れて帰国。リラにとっては母との別れであった。父とともに米国に渡ったリラはやがて大学で民俗音楽を学び、20代でオアハカに帰るが、その時はもう母は生きていなかった。リラが米国で暮らしている間に亡くなった。その母と父の悲恋はそのまま先住民叙事詩に昇華されるような“愛の神話”。そうメキシコ人なら誰でも知っているような「サンドゥンガ」や「ラ・ジョローナ(泣き女)」の歌詞、そして旋律ののって語られる民話の世界のようだ。
 ……というのが一時、リラの出生を巡ってまことしやかに流れた“伝説”であった。そのままにして欲しかったと思うのだが、実際はオアハカ出身でメスティーソのキャバレーシンガーが母親であった。リラの歌の才能はこの母から、そして民俗音楽を探索し研究する学究肌は父からということになるだろうか。
 リラがメキシコ南部オアハカ州に活動の本拠を構えるようになるのは4年ほど前の話だが、それ以前に映画『フリーダ』(ジュリー・ティモア監督/2002)に出演、主題歌をブラジルの大御所カエターノ・ヴェローゾとデュエットして世界的な知名度を得た。彼女の活動も激変し、収入も格段に増えただろう。
 ハリウッドで成功するとはこういうことなんだな、とあらためて認識させられた。市内コヨアカンの民俗博物館の中庭の特設ステージで歌っていた歌手が映画のヒットをきっかけに市内でも五本の指に入る劇場でリサイタル、満員札止めにしたのだった。その“凱旋公演”をダフ屋から入場券を購入し、聴衆のひとりとなったが、ダフ屋値段も鷹揚に許容できるほど満足したものだった。旬、そして上昇気流にのったアーティストはみな輝いている。
 そうした成功はリラにオアハカ在住を決め、米国と行き来しつつバイリンガル歌手としてあらたな歩みをはじめる動機づけとなったようだ。研究もまた資金が必要だ。
 いま、映画『フリーダ』のことを想い出しながらふと思った。極私的自画像の画家フリーダ・カーロに母方からオアハカ先住民の血が流れている。映画ではレバノン系メキシコ人のサルマ・ハエックが好演したのだったが、リラもまたフリーダを演じきることができたように思った。
 さて、リラはそのオアハカで学生時代に専攻した民俗音楽の研究も行なっているわけだが、その過程で先住民自ら基礎研究ができるようにと、自らグアダルーペ・ムサレムと名づけた基金を創設し、地元の先住民15人に奨学金を与えた。(2008・12記)         

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