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旅、精神の拡張 映画『奇跡の2000マイル』  

映画『奇跡の2000マイル』 ジョン・カラン監督*オーストラリア映画 
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 旅を精神の拡張、といったのは誰だったか。
 私自身、おそらく地球を何周分もまわる旅をしてきた。それは私にとってハートの底に貯蔵された貴重な財産だ。今となっては計算しようもないが旅に費やした費用は大変なものだったはずだ。流した汗(冷や汗も含め)の量も溺死するようなものだったかも知れない。貧乏家庭の長男に生まれた団塊世代の尻尾に位置する自分が、これだけの旅をよくまぁしてきたものだと今更ながらに感心する。
 旅がいきなり長足の態をなすようになったのは中米グァテマラに活動の拠点を移してからだが、その前章がある。
 ソ連邦崩壊直前、ゴルバチョフ書記長時代にモスクワに仕事で滞在することが決まっていた。当時、五反田にあったノーボスチ通信社のアジア総局を通して、すでにモスクワでの住居すら決まっていたのだ。後は、モスクワから受け入れ態勢が整った、という知らせを待つばかりであった。しかし、そうならなかった・・・・・。
 当時、ソ連邦は末期的症状を晒し、ふだんでも官僚主義的な事務処理の停滞はさらに拍車をかけていた。むろん、それは折り込み済みで悠然と待機していたつもりだった。周囲には隠密の行動であった。モスクワ行きに反対されることは明らかだったからだ。いま、行ったら混乱に巻き込まれて、居場所もなくなるのでないのか、という声はむろん、近しい人間のあいだにあった。「その混乱をなかからみたいのだ」という私の思惑を理解してくれそうな人は少数だった。モスクワ行きは大幅な収入減となるものだったが、それに換えられない崩壊の臨場感を味わいたかった。
 そして、モスクワ行きはいきなり頓挫した。ソ連邦の崩壊は予想より早く、そして、五反田の担当者は雲霞と消えてしまったのだ。自分自身は、こんなことが自分の身に起こりえるのか、とかと白日夢のなかに浮遊している時間すら生じた。
 そうして、私は切れてしまった。
 当時、勤めていた職場での仕事はつつながく済ませての隠密行動であったから、失職するわけでなく、何食わぬ顔で通っていれば社会部部長という地位は安泰だったのだ。しかし、やる気は漸減していき、やがて消滅した。その暮れから正月を中国南部をバックパッカーで旅してからますます日常を取り戻すことができなくなった。その旅は、なにものからの精神の解放であったし、数ヶ月後、北の大国とは真反対の南の小国を旅することになった。メキシコ入り、グァテマラやエル・サルバドルを巡る旅は私にとって、精神を入れ替えるような再生、と思うような旅となった。
 そして、退職した。爾来、今日までフリーランスの身分となった。
 グァテマラに在住することになってから、旅は日常になってしまった。

 本作は2013年、日本公開は15年夏。オーストラリア映画。実話である。〈旅〉を主題とした映画はいつも気に掛かってしまう。一言触れないとなんとなく気持ちが悪いので、少し触れておきたくなった。初見は小さなマスコミ用試写室であったが、砂漠の広がりをきっかり感じさせてくれた。
 ベストセラーになったロビン・デヴィッドソンの旅の回顧録が原作。オーストラリア西部の砂漠2000マイル(約3000キロ!)を数頭のラクダと歩いて横断した女性の記録だ。ロビン(ミア・ワシコウスカ)は人生の行き詰まりを感じ……その内実は了解できないが、ワシコウスカの微妙な表情になんとなく感じる。所詮、内面の行き詰まりなど、その内実は他人には窺い知れない。
 自ら困難を引き受けるドラマティックな旅をしたい、しかし、挫折することなく成功させるために綿密な計画を練る。そんな彼女の姿を思いながら、ぺロストロイカの激流のなかでモスクワ行きを模索しはじめた自分を思い出したのだ。
 
 1977年、ロビンは砂漠の旅の足となるラクダの習性、調教を学ぶことからはじめる。映画を通じて、はじめて知ったのだが、現在、ラクダがもっとも暮らす国はオーストラリアであった。なんと100万頭が生息しているという。サハラ、中央アジア、シルクロードの陸の小船ではないのだ。
 大英帝国の遺産というべきか、アラビアのロレンスの子孫たちは北アフリカ地域からオーストラリアに運び、砂漠の足として使いはじめ、やがて、人の手から離れたラクダは各地で野生化し自然増を招いたということだ。映画にも野生化したラクダが登場し、ロビンの旅を脅かしたりする。
 旅にはそれなりの資金が必要だ。ラクダの調教中にロビンはそれを思い知る。そこで、旅の途上を数回、取材させるという条件でナショナル・ジオグラフィックの支援を受けることになる。孤行のロマンは現在ではなかなかゆるされないのだ。
 ロビンはとても個性的な女性だ。個性的な情熱の持ち主とでもいおうか、3000キロの砂漠を走破しようと計画するだけでも特異な個性となるが、旅の途上でも、いわゆるサファリ・ルックといった冒険行のアンティムをまったく無視し、おしゃれなロングドレス、避寒地の浜に似合いそうなイデ立ちで砂漠の灼熱のなかを進むのだ。
 旅そのもにおおきなドラマがあるわけではない。容赦なくふりそそぐ太陽はロビンの肌を焼く。乾き、孤独・・・・・・自ら熱望した旅だが、旅の意味に疑問が生じる。そういうことは快適な長旅でもしばしば自らを問い詰めることがある。取材に来た男と淡い恋心を抱き、一夜をともにするというエピソードがたまにあるくらいだ。しかし、その恋心も淡ければ旅の阻害にならない。あっさり、男を無視し、ロビンは進む。・・・そんな旅が白熱した光景のなかで綴られる映画だ。
 
 旅は貫徹され、やがて一冊の本に結晶しベストセラーになる。旅の収支決算はプラスとでるわけだが、人生の旅はつづく。いま、ロビンははたして、どのような日常を送っているのだろうか?旅で精神の拡張作業が終われば、また旅心が頭をもたげてくるはずだが。

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