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文庫化されない本のために 017    トシオ・モリ『カリフォルニア州ヨコハマ町』

文庫化されない本のために 017 
  トシオ・モリ『カリフォルニア州ヨコハマ町』

 一読、こんな素敵な短編集を書棚の隅に長年、押し込んだままにしていたことを後悔した。
 1920年、米国カリフォルニア州オークランドに生まれた日系二世の作家が第二次大戦前に書きためた短編を編み1949年に刊行したものだ。大戦中はユタ州の砂漠のなかの日系人収容所に強制収監されていたこともあって戦後の出版となったのだろう。
 ヨコハマと作者が名づけた小さな町、その周辺で暮らすさまざまな日系人たちの諸相を丁重に描く。実に渋味のある話が22編も収録されている。使い古された形容だが、このような短編を指して珠玉の・・・と冠したい。
 作者のことは後追いで色々、知ったのだが、それも感銘を受けたからだ。ウィリアム・サローヤンに激励されながら作家への道を進んだ、ということも知り、なるほどと思った。サローヤンはアルメニア移民の子。その作品には、米国で暮らすアルメニア人たちの生活が描かれる。私には、サローヤンより現在、米国各地で活躍しているチカーノ作家、メキシコ系米国人作家たちの作品に近い感触を得た。そういえば本書の訳者、大橋吉之輔氏にサローヤンの名訳があったことを思い出す。

 モリが描く日系人たちはたいてい貧しい。米国移民の典型である園芸農場、園芸店、洗濯業、零細小売業(昔の萬屋)・・・これはペルーなどの移民の仕事でもあったが、そうした仕事の苦労話もさりげなく描かれている。園芸での成功者にはキューバの日系人たちもいる。一世たちの労苦などは作者ともおもわれる青年の母への追想という形で描かれていたりする。
 こうした日系人社会へ布教活動する日本の仏教徒の存在とか、明治維新後、海外に出稼ぎに出た曲芸団の芸人が帰国せず、日系人社会のなかに溶け込んで生活していたことなども描かれていた。そうした出稼ぎ芸人たちは米国だけでなく、中南米諸国へでの巡業記録がある。中米グァテマラにも数十年前まで存命していた女性の話は地元の日系人のあいだでは伝説となっていた。そう・・・そういうことは、つい最近まで各地にあったのだろう。

 言葉の不自由ななかでの苦労、それは下層労働者として強いられるものだが、それに負ける者もあれば、積極的に溶け込む者もいる。誰もが異国で生き抜く知恵と力をもっているわけではない。幸運に見放された者も数知れない。モリはそういう人たちに寄り添って描く。といって同情とかそんな弱い視線ではない。そこにやわらかな感動の熱がある。日系人たちの生活を描きながら、人間普遍の悲哀を見つめているから、こうして時代を超えて感動の波動を受け取れる。

 「世界中の卵」という作品。セッシュウ・マトイという初老(らしい)酔っぱらいが主人公の話。イタリアの映画監督にエルマンノ・オルミいるが、彼の傑作とされている一巻に『聖なる酔っぱらいの伝説』というのがある。過去に犯した罪の呵責に責めれるように酒で身を滅ぼす男の話だが、私にはこれが何故、傑作と言われるのかよくわからないでいた。ルトガー・ハウナーの抑制された演技は認めるとしても、自責の念に抗しきれずアルコールの力を借りて逃避しようとする人の話はいくらでもある。映画の主人公は教会の祭壇前で息絶えて、結局、イエス・キリストへ浄化を委ねる。そういう終息への安易すら感じる。一神教世界の特徴かもしれないないが、神に問題を預けることなく苦悶する姿こそ、そこに哲学が生まれ、思想があるのだと思う。私はオルミ監督の映画への反証としてモリの佳編「世界中の卵」を差出したいとさえ思った。人生の矛盾だらけだ。自分一個の力ではどうしても軌道修正できない歯車のリズムがある。でも生きてゆかなければならない。短いダイアローグのなかでつぶやきつづけるセッシュウ・マトイの苦痛は“聖なる酔っぱらい”の口吻、日常的な言葉の連なりのなかで紡がれているのだった。

 日系人たちの文芸活動は各地にある。それらの成果はときどき邦訳されて紹介されることがある。しかし、文庫化されたものは寡聞にして聞かない。すでに本書はだいぶ前に絶版になっているので入手も不可能だろうが、日系作家の佳作として講談社学芸文庫あたりに収めて欲しい一書である。 
 ▼1978年12月初版。毎日新聞社刊。大橋吉之輔・訳。

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