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バレエの本 GーH 松山バレエ団関係2書『白毛女』『バレエの魅力』

バレエの本 GーH 松山バレエ団関係2書
 清水正夫『バレエ 白毛女 ~はるかな旅をゆく』*松山樹子『バレエの魅力』

 これまで6冊のバレエ本を取り上げてきたが、今回ははじめて日本人バレリーナを取り上げることになる。きっかけは、1955年、戦後はじめて日本で公開された中国映画『白毛女』を観たからだ。白毛女。はくもうじょ、と読む。
 映画そのものは、1949年10月、毛沢東が天安門で中華人民共和国の成立を宣言した翌年に完成したもので、当時、国交のなかった日本での公開が5年遅れたということになる。といっても一般公開されたものではなく、日本の日中友好協会のボランティアが「革命中国」を紹介すべくフィルムを担いで全国行脚しながらの公開であった。
 映画はまだ現在の「簡体字」は使われておらず時代を感じさせるものだ。
 『白毛女』は革命以前に新歌劇として、民間説話の翻案モノとして上演されていた。それを革命後、悪徳地主へ抵抗する民衆、八路軍の物語とした映画で、これにそって京劇版も後年、制作された。そして、これをクラシック・バレエのテクニックでバレエ化したのが日本の松山バレエ団だった。それは後年、文革時代に紅衛兵たちが演じた「革命劇」に反映していったと思う。そういえばキューバの至宝アリシア・アロンソも革命後、おなじような革命劇を創作、上演していることを想い出す。
 清水正夫の『白毛女』は、映画「白毛女」からバレエ化、その日中両国での上演記録、その経緯を具体的に紹介するともに、松山バレエ団の創立から35年の推移、歴史を綴ったものだ。
 昭和58年の初版ということで当時の中国の経済力は、日本に脅威ともなっていなかった時代であり、著者の語る中国はまったく牧歌的、批判的にいえば先見性のない痴呆的なものだ。その手放しの友好親善ぶりを今日の目からみればまったく鼻白むものだが、時代のひとつの証言として聞いておこう。
 清水の妻であり、松山バレエ団のプリマ松山樹子が翻案脚色してバレエ化した。日本生まれのバレエ作品として繰り返し上演されたものとして、やはり日本バレエ史に特筆されるものだ。清水はバレエ団を運営する立場から、その経緯を書いている。戦後の日中友好史における交流事業の主役的存在が日本生まれで、中国が舞台のバレエであったということになる。

 『バレエの魅力』は実演者の立場から初歩的なバレエ解説、入門書となることを念頭に松山樹子が書き下ろしたものだ。松山と同世代のバレリーナの自叙伝、半生記、評伝の類いはいくつもあるので、それと比べると小冊子的な分量でしかなく、取り立てて紹介するまでもない一書だが、松山演じるところの「白毛女」の上演写真が幾つも収録されているという意味で資料的な価値がある。同作品の初演は日比谷公会堂であったという。それも時代を感じさせる。現在、よほどのことがない限り、同公会堂でバレエが上演されることはないだろう。そういえば、清水の本のカバー写真は松山の「白毛女」のステージ・スチールである。
 松山は戦前、まだバレエの荒蕪地であった日本でバレリーナを目指した女性だが、その松山が晩年まで座右の書として、いつも公演先にも帯同していたのが世阿弥の「花伝書」であったと語っていた。当時、日本バレエ界は“和魂洋才”であったのだ。
 ▽清水正夫『白毛女』昭和58年11月初版。講談社刊。松山樹子『バレエの魅力』昭和54年5月初版。講談社文庫。

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