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文庫化されない本のために 018 近藤道生『茶ごころ』 ~茶人としての益田孝(鈍翁)

文庫化されない本のために 018
 近藤道生『茶ごころ』 ~茶人としての益田孝(鈍翁)

 明治・大正・昭和三代の歴史に大きな足跡を遺した益田孝を、三井財閥の統帥として支えた財界人としてみるか、益田鈍翁としてみるかではその評伝の記述は大きく異なってくる。全貌を語った書には、すでに白崎秀雄の名著『鈍翁・益田孝』がある。幕臣の子としての出自、明治維新史にも大きな役どころを得、そして明治の大財界人としての自ら語った書には『自序益田孝翁伝』(長井実編)もあり、この二著は文庫化されている。
 しかし、本著は、白崎著作と違った位置から親しく観、知った大茶人としての鈍翁(どんのう、と読む)記であり、著者の実父が、 晩年の鈍翁の主治医であったことから無自覚に歴史的証人となってしまい、後年、その重さに気づき証言者として上梓した、という感じだ。

 横浜・本牧の名園・三渓園の創設者・原三渓との交流を語ったところも貴重だ。原は明治末代から大正にかけて製糸・生糸貿易で財をなした財界人。原の兄弟子筋にあたるのが、千利休以来の大茶人といわれた鈍翁である。鈍翁自身も小田原に古希庵・掃雲台を作庭したが、いまは失われてしまった。あれば近代の名園として、三渓園以上の評価を受けていたのかも知れない。造園における滝の挿話なども面白い。
 
 東京ではさまざまな趣向で鈍翁にまつわる企画展が開催される。その豊かな財力(明治の混乱期、益田によって海外流出を防いだ国宝・重文級の美術品は多い)をもってあつめた名物を展覧するものだが、そのたびに充実した図録類が作成され、それに寄稿される文章も多い。そうした展覧会図録などで語られる幾多の鈍翁論がまとめられることはない。おそらく発行点数でいうなら財界人としての孝伝より、鈍翁としての益田本の方が多い と思う。日本人男性に多い歴史好きの多くは益田孝に傾斜しているだろうが、その哲学、審美眼の領域は鈍翁論で充実しているには当然の話であり、その影響力は今日の茶道界に生きている。

 維新後、短期間で近代化を成し遂げた世界史上の“奇跡”はさまざまな要因があるのは無論だが、その先導者たちの明晰な先駆性を支えたのは、“戦国の世”を生きた千利休のように類い稀な審美眼が財界人もあったからだと思わせるものが近代茶道史にはある。電力王といわれた松永安左ェ門もまた耳庵と号した茶人であった。彼もまた、鈍翁に招かれる数寄者であった。

 また、本書にはこの書でしか読めない高橋箒庵の貴重な幕末期から明治・大正時代に書き継がれた日記『万象録』の抜粋が収録されていることは記しておくべきだろう。福沢諭吉に師事すること6年、新聞記者として健筆を古い、西欧に留学してのり三井系の会社で重責をになった後、箒庵と号した茶人であった。本書などを読んでいると、茶人たちの資料から、これまで書かれなかった明治史が著せるのではないかと思う。
*平成8年3月初版・新潮社刊。

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