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グァテマラ日本写真館主人ファン・ホセ・デ・ヤス   ~屋須弘平の生涯 其の弐

グァテマラ日本写真館主人ファン・ホセ・デ・ヤス
  ~屋須弘平の生涯

 其の弐 蘭学医の息子

 マシュー・ペリー東インド派遣艦隊司令長官率いる四隻の艦隊が浦賀水道に入ってきた。いわゆる「黒船」の来航である。屋須弘平が生まれたのは、その7年前、1846(弘化6)年であった。
 生地は当時、仙台藩の領地であった藤沢という山間の寒村、現在の岩手県東磐井群藤沢町である。いまも鄙(ひな)びた静けさをとどめる街道筋の小さな町だ。生家は蘭学医で、その長男として生まれる。
 屋須の幼少期を語る資料は皆無に近いが、伝聞はある。たとえば、父親からオランダ語の教授を受けているとき、たまたま通りかかった親類の者が、「父子そろって奇妙な言葉を唱えている。気が触れたにちがいない」と慌てた、といった類いの話だ。けれど、小さな里の住民はみな顔見知りだろうし、親類ならば蘭学を長崎で修めている医師としっているわけだから、耳慣れない言葉がオランダ語であろう、とは想像がつくものであろう。
 屋須が18歳を迎える1964(文久4)年を分岐点として、彼の足跡は急に慌ただしくなる。それは山間に這う濃い霧のなかから、光の横溢する世界に飛び出した、という印象である。時代は徳川幕府の終焉期、長大な交響曲が最終楽章を迎えフォルティシモですべての楽器がコーダにむかっているような高揚感が屋須少年のからだを包みはじめるのだ。
 父親からオランダ語の基礎的な文法や、蘭学の基礎知識などは取得しただろう。屋須は江戸に出る。長子として家業を継ぐべく江戸に出されたのである。彼の向学心はその頃、横浜に開かれた仏蘭西語伝習所に向かわせた。ここでフランス人講師エームリエから医学を学び、合わせてフランス語も習得していった。そのフランス語を通してスペイン語も独習したようだ。しかし、その時期の屋須青年の心音は推測の域を出ない。足跡のみ確認されているだけだ。
幕末の横浜 *当時の横浜

 1868年、この年、「慶応」から「明治」と改元され、徳川の世は終息した。その頃、屋須は勉学を中断して故郷への道を急いでいた。その道すがら二本松藩領内(現福島県)で藤沢の郷士たちと邂逅し彼らと出会ったことで屋須も伊達藩に仕えた屋須家の来歴を思ったのだろう、時は戊辰戦争前夜だ。屋須は郷士たちの懇請を受け入れ、奥羽越列藩同盟の軍医として参戦することになる。
 従軍行のなかで友人たちと旧交を暖めて機会が幾度となく訪れ、問わず語りに消息を告げあうあいだに、屋須が数ヵ国語に通じていることが知れわたり、やがて同盟軍の上層部の耳に届くことになった。
 当時、東北諸藩は西国諸藩の連合軍の優勢のまえにジリジリと後退をつづけていた。この難局を打開するため列藩同盟はフランス、スペイン語を話す屋須を押し立て、メキシコに応援を求めるという計画が練られたという。何故、メキシコか、ということになるが、おそらく当時の東アジア諸国にメキシコドル(「洋銀」と呼ばれていた)が大量に流通しており、貿易通貨として用いられていた。そうした事情から、まだ海外事情に疎い幕臣たちがメキシコに援助を請うと模索するようになったのだろう。しかし、それも机上の空論に終り、1869年5月、箱館(現函館)五稜郭での戦いを最後に戊辰戦争は終結する。屋須は故郷にもどり江戸遊学中に亡くなった父親の後を継いで開業医となった。 
 3年ほど穏やかな日々が流れる。しかし、そんな静穏に耐えられるような屋須青年ではなかった。胸にいったん灯(とも)された先進文明へのあこがれは消えるどころか熱く疼きつづけていたのだ。
 『藤沢町史』に、「(屋須が)藤沢における水薬使用の嚆矢」といった記述があって、横浜留学のときに習得した新医学の応用を積極的におこなっていたことが分かる。また、藤沢における断髪洋装の先駆であったというから、僻村の地ではそうとう奇異に映っていただろう。屋須は周囲への融合という姿勢はいっさい採らなかったようだ。そんな屋須が藤沢から出て行くのは時間の問題であっただろう。
 1871(明治4)年、故郷を出た。知的刺激のない在所での生活によく3年も耐えたと思う。屋須はわき目もふらず横浜を目指した。  (つづく) ☆後日、補筆・訂正の予定あり。


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