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グァテマラ日本写真館主人ファン・ホセ・デ・ヤス   ~屋須弘平の生涯  其の参 メキシコへの渡航

グァテマラ日本写真館主人ファン・ホセ・デ・ヤス
  ~屋須弘平の生涯

 其の参 メキシコへの渡航

 横浜へはわき目もふらずに直行した。
 1873年、どの国に渡るという目途もなく海外渡航免許を申請、許可されている。その事実以外、横浜での屋須の生活ぶりなど具体的に知ることはできない。ただ、渡航への資金も持たず、渡航を後押しする後ろ盾もなく徒手空拳の屋須に海外遊学の機会などそうそう訪れるものではなかった。明治維新政府発足間もない、その時期、仙台藩にあって、戊辰戦争に軍医として従軍した身に、たとえ海外の言葉に通じていようと、そうそう官職に就くことはままならなかったはずだろうから、屋須は身ひとつで努力するしかなかった。
〈好機は何時やってくるかも知れない。それを逃すことのないように渡航免許を習得しておこう〉という気持ちであったろう。
外国人の多い横浜、そこで何時、渡航への足がかりとなる人物と知己になるかも知れない。自分にはそれぐらの言語能力があるとも考えただろう。
 そして、屋須にとって僥倖(ぎょうこう)としか思えない渡航の機会が翌74年に早くも訪れた。
 金星の太陽面通過という天文観測の場に日本が適地とされ、先進諸国から多数の観測隊が来日したのだ。屋須にとって文字通り天から降ってきたチャンスであった。
kansoku01.jpg
 観測隊のなかにメキシコからきた一行があった。フランシスコ・ディアス・コバルヴィアスを隊長とする5名のメキシコ派遣隊である。屋須はその隊の通訳として雇われたのだ。
 当時、スペイン語会話をできる日本人はごくごく少数であっただろう。おそらく横浜に出た屋須は貪欲に海外の言葉の習得に励んでいたに違いない。スペイン語をどこで学んだか、その記録はないが、すでにフランス語を熱心に学んでいた屋須だから、仏語に共通するところの多いスペイン語も習得しようと思ったとしても当時の彼の海外雄飛の熱からすれば自然の流れであったかも知れない。加えて、メキシコ上層階級にはフランス語に巧みな者は多かった。コバルヴィアスもそういう人物だったと考えてよいだろう。後でわかることだが、コバルヴィアスは当時の大統領に近い官僚でもあったのだ。
 メキシコ隊は横浜入りしてから通訳を探した。その時、斡旋を頼んだがフランス語伝習所であったというから、そこから屋須が採用されることになったと考えたのほうが自然だろう。
 メキシコ隊は横浜の二ヵ所で観測をおこなった。隊員たちは屋須のスペイン語に、「技術関係の知識がない」と苦情をこぼしていたという記録があるから、日常会話には不自由することはなかったという反証になる。
 屋須の後半生は、このメキシコ隊で通訳を務めたことで決まったと断言してよいだろう。
 屋須の記した手記は、このメキシコ隊との出逢いからはじまっている。

 「観測が終わると、私はセニョール・ディアスに、メキシコで勉強したいので連れて行ってくれるよう懇請した。彼は私の願いを喜んでかなえてくれた。」

 メキシコ隊の帰路は、近道の太平洋横断コースをとらず、中国沿岸から南下してインド経由、開通から4年も経っていないスエズ運河を北上、地中海に入り、イタリアから陸路でヨーロッパ諸国を歴訪して大西洋上に出て本国入りするというものだった。と旅程だけ記せば、そういうことになるが、当時の一般日本人がこれほどの旅に恵まれたという意味は大きい。
 明治政府の公式派遣団として岩倉具視を正使とした、いわゆる「岩倉使節団」は1871年の出来事だが、屋須の渡航はその数年後のことなのだから、まさに僥倖としかいえない。
 1876年メキシコ入国となっている。当時のメキシコにあって大西洋経由での窓口はベラクルスであったから、屋須のメキシコはスペイン植民地時代の大要塞のある港湾都市の思い出からはじまっている。屋須は29歳になっていた。 (つづく)☆後日、補筆・訂正の予定あり。

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