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キューバ革命の指導者カストロ元議長の死

キューバ革命の指導者カストロ元議長の死と、その後
カストロ
 巨星墜つ。キューバ革命を成功に導き、米国と隣接する小さな島国で反米主義を標榜、第三世界の独立の象徴として輝きつづけたカストロ元国家評議会議長が11月25日死去した。存命中、カストロ本人の意思として禁じられた自身の偶像化だったが、訃報を聞いた市民たちはいっせいに思い思いの方法でためらうことなくカストロ像を掲げはじめた。

 キューバへの渡航を重ねている。首都ハバナ、革命の揺籃の地サンチャゴ・デ・クーバ、革命の勝利を決定付けた戦闘地サンタ・クララ、そしてレンタカーを借りて地方都市、寒村も回っている。
 経済的な苦境でインフラの整備もままならかった島国を効率よく取材するには車を活用するしかない。レンタカーもガソリンも周辺諸国から比べると割高。自家用車を持つことなど一般庶民には高嶺の花。車で走行していると警察にいきなり止められ、どこそこ行くなら、この人たちを乗せよ指示される。いや、信号待ちをしていると、いきなり乗り込んでくる市民すらいる。外国人だから拒否することも可能だし、言葉をわからないふりをすれば、乗り込んできた市民も引きさがざるえないだろう。けれど、走行中、市民の本音を聞けるので乗車を承諾する。それもラテン諸国にあって稀にみる治安の良さがあるからだ。その車内の密室のなかでは生々しい政権批判も聞けたし、なかでも面白かったのは、若者たちのインターネットとの関わりだったが、いまはここでは本旨ではないので書かない。

 国内どこへいってもカストロ像をみることはなかった。その代わり革命の同志エルネスト・チェ・ゲバラであり、独立戦争の英雄ホセ・マルティ像が無数に存在する。チェ・ゲバラを称えることは同時に革命指導者としてカストロを賞賛することだし、ホセ・マルティを崇めることは民族自立の継承をカストロが引き継いでいると国民に明示するものであった。彼らの像の背後にカストロがいつも後背の光となっていたわけだ。

 カストロの名が20世紀後半の世界史に刻まれるのは、革命の成功は無論だが、「キューバ危機」の当事者として米国に深甚な脅威を与え、米軍の武力侵攻の野望を封じたこと、同時に東西冷戦の壁を厚く高くしたことも見逃せない。また、冷戦下、近隣の中南米諸国に蔓延っていた軍事独裁政権に対する民衆の闘争を支援し、当該国の現代史にもその名を刻みつけ、アフリカ諸国の独立戦争にも積極的に関与した。
 アフリカ諸国への武力介入はチェ・ゲバラの時代から、ポルトガルの民主化を実現することになったアンゴラ独立戦争の時代までつづいた。そうした関与は、よくソ連の代理戦争だと批判されてきた。確かにそういう側面もあったが、キューバの民族構成比は現在もアフロ系25%、白人との混血層25%であり、当然、キューバ革命戦争でも彼らは生 命を賭して戦った。革命樹立後、そうしたアフロ系キューバ人が父祖の地の自由を求め積極的に志願していったことを忘れてはならない。そして、ゲバラが斃れたボリビアでのゲリラ戦にアフロ系兵士がひとりしか加わっていなかったのは、ボリビアの人口比が反映されている。ボリビアの山岳地帯に拠点を置いたゲバラ隊にとってアンデス先住民との融和という目的にアフロ系兵士は相応しくなかったからだ。

 カストロ政権下、キューバは米国を超える識字率を達成した。
 民主党支持者として世界的に有名な米国の映画監督マイケル・ムーアは、自作で米国人が羨む医療制度の充実ぶりを紹介したが、それもカストロ政権なくして実現しなかった。もっとも、その内実は例の国内ドライブで同乗者とした市民からは、かなり痛烈な批判も聞かれた。しかし、ラテンアメリカ諸国中、断トツの平均年齢の高さ、乳幼児死亡率の低さはカストロ政権の成果であることはまちがいない。
 筆者が中米に居住した当時、域内諸国で災害があると真っ先にキューバから医療ボランティアが駆けつけきたのを知っている。国交のない国へも躊躇なく送り出していた。
 「スポーツ大国」と言われるが、それも義務教育が充実し、全国的に運動能力の高い児童を早期発見することができたからだ。また、「音楽大国」であることは過去も現在もかわらず重要なこの国の文化要素だ。そして、貴重な輸出産業だ。毎年、多くのキューバ人音楽家が来日公演を行なっているが、その数は、ラテン諸国に限るとブラジルに次ぐ。反面、音楽家、スポーツ選手のそうした海外での活動は、多くの才能を米国に亡 命させる結果ともなった。

 トランプ次期米国大統領は、カストロの訃報を受け、「残忍な独裁者が死んだ」とツイートした。
 政治犯を劣悪な環境の刑務所に収監したり、武力を伴わない反政府活動を弾圧したことも事実。ソ連の後ろ盾を得るためにチェ・ゲバラの反対の声も押し切り、砂糖生産に特化した産業構造も革命前とおなじように継続させた。工業化がすべてとは思わないが、キューバに歪んだ経済構造を遺したことも注意されるべきだ。ソ連が主導したコメコン(経済相互援助会議)の強制であったが、米国が手出しできないように牽制するためにはソ連との協調路線を選択しないわけにはいかなかった。カストロ自身、クレムリン主導のコメコンが、ロシアに富を集中させるゆるやかな搾取のシステムであったことは熟知されていた。キューバのシエンフエゴス郊外に油田が確認されているにも関わらず、自力開発の目途すら立てられず、エネルギーの根っ子をクレムリンに握られていた。国際競争力を持つほどの埋蔵量ではなかったはずだが、それでも地産地消ぐらいはできただろう。

 賞賛もあれば批判もある。政治家が受けるべき当然の責務だ。しかし、その地政学的位置を注視してみるべきだ。
 米国の内海カリブにあったキューバが反米主義を唱え、米国は経済封鎖をつづける。ハバナの目の先にあるフロリダ州、その州都マイアミを中心に多くの亡命キ ューバ人が住む。マイアミ郊外からキューバに向かってキーと呼ばれる無数の島が点在し、突端のキーウエストまでハイウエーが走る。そのキーウエストからマイアミまでの距離より、キーウエストからハバナの方が近いのだ。そのハイウェーを走ったものなら、かくも至近距離にあって反米政権を維持するには尋常な手段ではできない、と誰しもリアリズムで思わずえない。
 カストロは、「歴史が私を裁くだろう」と語った。
 トランプ氏が「残忍」とカストロを指弾するなら、キューバにとって米国は革命前から傀儡政権を操って国富を奪いつづけた超ど級の「残忍」な国家といわなければならない。
 
 オバマ大統領はキューバと国交を再開した。トランプ次期大統領はそれに批判的だ。し かし、トランプ氏とてキューバとの経済交流を促進しないわけにはいかない。何故ならキューバとの貿易を実利的に要望しているのは同氏の支持基盤である南部諸州の企業家たちであるからだ。いま、トランプ氏が声高にカストロ元議長を批判するのも、キューバ政府に対し、オバマほど物分りはよくない、と牽制し「経済」交渉を有利に進めようとする企業家の事前のプレッシャーにも思える。キューバが求めているのは米国からの資本の投資であり、米国観光客の拡大である。お互いに求めているのは政治ではなく経済、実利であるように思う。それは米キューバ間の交流を意外に早く深めることになるかも知れない。カストロ元議長も泉下から容認するはずだ。(11月30日記)

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